M&Aニュース2023年7月 実行書き手:齋藤 浩喜

猫舌堂を全株取得 ── 代金は非公表。関西電力の社内ベンチャーを、小野薬品の子会社は5か月で吸収合併した

発表日2023年6月30日(完全子会社になる予定日 2023年7月31日)
譲受企業株式会社michiteku(2022年11月設立・東京都中央区。非上場で、小野薬品工業〔東証プライム 4528〕の100%子会社)
譲渡企業株式会社猫舌堂(2020年2月設立・大阪市北区)。株主は関西電力グループの合同会社K4 Ventures 70%・創業者 20%・GOB IP株式会社 10%
事業がん経験者向けカトラリー「iisazy(イイサジー)」の企画・販売、利用者のコミュニティ運営
譲渡価額非公表(発表文にも有価証券報告書にも記載なし)
スキーム株式譲渡(全株式・100%)。取得の約5か月後にmichitekuが吸収合併
出典小野薬品工業・michiteku・関西電力の発表(2023年6月30日)、猫舌堂の決算公告・合併公告ほか

猫舌堂 公式サイト (出典:猫舌堂 公式サイト・2026年10月16日時点の画面)

譲渡企業の概要

猫舌堂は、がん経験者向けのカトラリーを企画して売る会社。関西電力グループの社内ベンチャー制度「かんでん起業チャレンジ」で、2020年2月7日に設立されました(関西電力の発表)。カトラリー「iisazy」は、口に入れる部分を一般のものより平らで小さくした設計です(2020年の関西電力の発表)。

資本金は1,000万円。取得の発表時点の従業員は、代表取締役社長の1名です(小野薬品の発表)。売上高と損益は公開されていません。公開されているのは、毎年の決算公告に載る貸借対照表です。

決算期末2020年3月2021年3月2022年3月2023年3月
総資産3,000万円2,577万円5,771万円2,371万円
固定負債2,000万円2,000万円4,500万円4,500万円
純資産841万円69万円△878万円△2,209万円
利益剰余金(累計の損益)△159万円△931万円△1,878万円△3,209万円

純資産は2022年3月末にマイナスへ転じ、取得の発表と同じ2023年6月30日付の決算公告で、2023年3月末の債務超過は2,209万円。利益剰余金の減り方から逆算すると、最終期(2023年3月期)の純損失は約1,331万円です(当社計算)。

譲受企業の概要

michitekuは、小野薬品工業が2022年11月16日に作った、がん患者向けの情報サービスの会社。上場しておらず、小野薬品工業が全株式を持ちます。従業員は設立時が5名、取得の発表時が8名、2026年10月1日時点が18名です(小野薬品・michitekuの発表)。親会社の小野薬品工業は、2024年3月期の連結売上収益が5,027億円(有価証券報告書)。

小野薬品は、薬では解決できないがん患者の身体的・精神的・心理的な問題に、情報処理・情報提供のサービスで取り組むため、医薬品の研究開発・販売とは独立した組織としてmichitekuを設けました(2022年11月の発表)。

M&Aの目的・背景

買い手の理由は、がん患者の「食事」の場面を、michitekuの事業に加えること。小野薬品の発表は、猫舌堂が創業者の看護師としての経験、がん患者としての経験、同じ立場の人たちの意見をもとに事業化されたと説明しています。michitekuのビジョンは「がんになっても怖くない」世界をつくること。猫舌堂が加わると、手術や治療で多くの患者が抱える食事の生活の質(QOL)を高める面からも、社会的な課題の解決に貢献できると書いています。

売り手の理由も、同じ領域のつながりです。関西電力は、猫舌堂の更なる成長の観点から検討し、がんの治療や生活・仕事などの情報発信に取り組むmichitekuへ引き継ぐのが最適と判断しました。社内ベンチャーをグループ外へ譲渡するのは、今回が初めてです。どちらの発表にも、売上や利益を根拠にした説明はありません。

M&Aの手法・成約内容

取得は全株式の譲渡で、契約の相手は関西電力グループの合同会社K4 Ventures1社。K4 Venturesは、関西電力グループがベンチャー企業との連携を強めるための投資主体です。猫舌堂の株主は、K4 Ventures 70%、創業者 20%、GOB IP株式会社 10%(構想段階からのパートナー企業)。関西電力の発表によると、創業者とGOB IPの持分(計30%)をK4 Venturesが取得したうえで、全株式をmichitekuに譲渡しました。

代金・支払い方法・条件は、小野薬品・michiteku・関西電力のどの発表にも書かれていません。小野薬品は、当会計年度の業績への影響を軽微と書いています。

この値段は、どう説明できるか

代金は、発表文にも有価証券報告書にもありません。小野薬品の有価証券報告書(2024年3月期)に「猫舌堂」の語はなく、取得の対価ものれんも出ません。連結キャッシュ・フロー計算書にも、子会社株式の取得による支出の行がありません。

営業利益が公開されていないため、営業利益の何年分かで見る物差しも、年買法(時価純資産に営業利益の1〜3年分を足す方法)も使えません。純資産もマイナスで、純資産の倍率も出せません。出せるのは、売られた会社の状態までです。2023年3月末の資産2,371万円は、負債4,580万円(流動負債80万円と固定負債4,500万円)に届いていません。設立から3年余りの累計赤字は3,209万円です。推測の金額は書きません。

取得後の猫舌堂

取得の5か月後に、猫舌堂は会社としては消え、michitekuのブランドになりました。

時期出来事出所
2023年11月24日合併公告。効力発生日は当初の12月18日から2024年1月1日へ(11月30日に変更)猫舌堂の公告
2024年1月1日michitekuが猫舌堂を吸収合併し、猫舌堂は解散合併公告・国税庁
2025年1月・4月兵庫医科大学病院の医療材料売店、「近畿大学病院・ファミリーマート」で販売開始猫舌堂のお知らせ
2026年10月1日収納袋(2,980円)を発売。猫舌堂を「michitekuが運営するブランド」と説明michitekuの発表
2026年10月15日価格改定。揃は2,480円から2,980円(20.2%増)、spoon・forkは各1,490円から1,860円(24.8%増)。理由は原材料価格・製造コストの上昇猫舌堂のお知らせ

合併公告は、michitekuを存続会社、猫舌堂を解散する会社とし、猫舌堂の権利義務の全部をmichitekuが承継すると書いています。michitekuが猫舌堂の全株式を持つため、株主総会の決議は経ず、新株の発行もありません。

小野薬品の有価証券報告書(2024年3月期)の子会社の一覧に、michitekuは載り、猫舌堂は載りません。michitekuの公式サイトはサービスを3つ挙げ、猫舌堂はその1つです。猫舌堂の公式サイトは、創業者を「猫舌堂創設者」と紹介しています(いずれも2026年10月16日時点)。

買い手が読み取れること

払う上限は、単体の事業の価値までです。当社(CommerceX M&A)は、買い手の販路や既存の事業と組み合わせて見込む上積みを、価格に含めず買い手の取り分とします。猫舌堂のように利益の倍率が使えない会社では、単体の価値を確かめる材料が決算書の外にあります。商標など権利の名義、製造を担う外部との契約、取り扱い店舗との契約、固定負債4,500万円の貸し手と条件です。

買う理由は、一文で言えるかを金額の前に確かめます。当社は「買収先のここを、自社のこの力で、こう伸ばせる」を、金額を置く前に確かめます。公表された情報から言い直すと、michitekuの場合は、がん患者向けの情報サービスに、食事の場面で使う商品と当事者のコミュニティを加える、の一文です。小野薬品の発表が挙げた食事のQOLと同じ向きで、michitekuの公式サイトも猫舌堂をサービスの1つに挙げています。

売り手側が少数株主の持分を先にまとめて、全株式を渡しました。K4 Venturesが創業者とGOB IPの計30%を取得してから100%をmichitekuへ譲渡し、買い手の契約相手は1社でした。一方で、創業者が取得後にどの立場で残るかは、発表文にありません。当社は、創業者や担当者に残ってもらう期間と役割を、価格とは別に契約の条件として決めます。従業員が代表1名の会社は、運営の担い手が1人に集中するため、取得の前に決めます。

債務超過の会社は、合併すると債務ごと買い手の貸借対照表に入ります。合併公告は、権利義務の全部を承継すると書いています。2023年3月末の固定負債4,500万円が残っていれば、合併でmichitekuへ移ります。取得から合併の効力発生まで約5か月。債権者が異議を述べられる期間は、公告の翌日から1か月でした。

よくある質問

Q. michitekuは猫舌堂をいくらで買ったのですか。

A. 金額は、小野薬品・michiteku・関西電力の発表文にも、小野薬品の2024年3月期の有価証券報告書にもありません。小野薬品は業績への影響を軽微と書いています。猫舌堂は2023年3月末で純資産がマイナス2,209万円、従業員は1名です。

Q. michitekuは上場していますか。

A. 上場していません。小野薬品工業(東証プライム 4528)が全株式を持つ100%子会社です。上場会社として開示を出すのは、親会社の小野薬品です。

Q. 猫舌堂は今も会社として存在しますか。

A. 会社としては存在しません。2024年1月1日にmichitekuが吸収合併し、猫舌堂は解散しました。「猫舌堂」はmichitekuが運営するブランドで、iisazyシリーズは猫舌堂のオンラインストアで販売されています(2026年10月16日時点)。

Q. 債務超過の会社を株式で買うと、債務はどうなりますか。

A. 株式を買うと、会社の債務は買い手の側に残ります。吸収合併まで進めば、消える会社の権利義務の全部を存続会社が引き継ぎます。猫舌堂の2023年3月末の固定負債は4,500万円でした。価格を決める前に、貸し手と条件、返済や合併の予定を確かめます。

ご相談ください

値段が開示されない小さな買収では、取得の理由と、取得後の経過が判断の材料になります。

CX BASEは、EC・小売・D2C領域の譲渡案件を扱っています。買収のご相談をいただいた企業には、条件に合う案件を公開前にご案内します。

売却をお考えの方は、直近の貸借対照表をもとに、買い手が見る数字をご説明します。

買収をお考えの方へ

→ 案件を見る

→ 買収の相談をする

売却をお考えの方へ

→ 売却の相談をする

出典

  • 小野薬品工業「小野薬品の子会社 michiteku、関西電力グループ会社の猫舌堂の株式取得に関するお知らせ」(2023年6月30日公表)、「小野薬品、新規事業子会社として株式会社 michiteku を設立」(2022年11月16日公表)、有価証券報告書(2024年3月期・2024年6月21日提出)
  • 株式会社michiteku「michiteku、関西電力グループ会社の猫舌堂の株式取得に関するお知らせ」(2023年6月30日公表)、「猫舌堂、「iisazy」シリーズのカトラリーを持ち運べる収納袋を発売」(2026年10月1日公表)、公式サイト
  • 関西電力・合同会社K4 Ventures「猫舌堂の全株式を小野薬品工業の子会社に譲渡」(2023年6月30日公表。全文を猫舌堂「株主の変更に関するお知らせ」が掲載)、「株式会社猫舌堂におけるカトラリー販売およびコミュニティ運営事業の開始について」(2020年2月27日公表・共同通信PRワイヤー配信)
  • 猫舌堂「決算公告」2019〜2022年度分(電子公告ページ)、「合併公告」(2023年11月24日)、「効力発生日変更公告」(2023年11月30日)、「猫舌堂の食堂から〜第39号〜」(2023年7月14日)、お知らせ(2025年1月23日・4月22日・2026年9月8日)、公式サイト
  • 国税庁 法人番号公表サイト 株式会社michiteku(法人番号 9010001230933)の変更履歴

(出典はいずれも2026年10月16日確認。貸借対照表の金額は、決算公告の円単位の数字を万円に四捨五入。2020年3月末の純資産841万円は、資本金1,000万円と利益剰余金△159万円の合計(決算公告は株主資本が空欄のため当社計算)。最終期の純損失約1,331万円は、2022年3月末から2023年3月末の利益剰余金の減少額で、配当などがない前提の当社計算。負債4,580万円は、流動負債802,434円と固定負債4,500万円の合計。値上げ率は当社計算)

書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

あわせて読みたい

あなたの状況で聞きたいことはありませんか

売却も買収も、初回のご相談は無料です。秘密は秘密保持契約で守られます。