M&Aニュース2021年3月 実行書き手:齋藤 浩喜

トリコに33億円 ── 21か月でのれんがゼロになったFUJIMIに、ポーラ・オルビスは何を払ったのか

発表日2021年2月12日(株式取得 2021年3月1日と4月1日・連結は4月1日から)
譲受企業株式会社ポーラ・オルビスホールディングス(東証プライム 4927。取得当時は東証第一部)
譲渡企業トリコ株式会社(2018年4月設立・東京都新宿区)
事業パーソナライズサプリメント「FUJIMI」の通信販売等
譲渡価額33億2,200万円(16,100株・取得比率89.44%。取得前の保有10.56%と合わせて100%)
スキーム株式取得(現金)
出典ポーラ・オルビスHD 適時開示(2021年2月12日・4月1日)、有価証券報告書(2021年12月期〜2025年12月期)

tricot inc. 公式サイト (出典:tricot inc. 公式サイト・2026年10月16日時点の画面)

譲渡企業の概要

トリコは、サイト上の美容診断をもとに、サプリメントなどを定期で届ける会社。2018年4月設立で、本社は東京都新宿区。ポーラ・オルビスの開示によると、トリコは20問ほどの診断結果に応じて、顧客ごとに合わせたサプリメントやフェイスマスクを定期購入(サブスクリプション)形式で届ける「FUJIMI」ブランドを展開しています。

株主構成は、代表取締役が59.83%、ベンチャーキャピタルファンドが20.00%、個人株主3名が合計約9.61%です。残る10.56%(1,900株)は、ポーラ・オルビスが自社のコーポレートベンチャーキャピタル事業の投資先として保有していました。

決算期2019年3月期2020年3月期2021年3月期(見通し)
売上高200万円1億7,300万円13億5,000万円
営業利益△1,400万円△1億6,000万円△3億5,000万円
純資産2,200万円1,400万円開示なし

営業利益は3期続けて赤字です。開示は直近月商を約2億円と説明しています。

譲受企業の概要

ポーラ・オルビスホールディングスは、化粧品の「POLA」「ORBIS」を持つビューティケア事業と、不動産事業を営む持株会社。2020年12月期の連結売上高は1,763億1,100万円、営業利益は137億5,200万円でした。取得額33億2,200万円は、同営業利益の24%に相当します(当社試算)。

M&Aの目的・背景

狙いは、株主として見てきた成長の速い会社を、グループの研究開発・生産・物流の力で伸ばすこと。

開示によると、ポーラ・オルビスはトリコの経営やマーケティング活動、急速な事業成長(直近月商約2億円)を「間近でモニタリングしてきました」。評価した点は、美容診断を軸としたサービスの優位性、変化への対応力とスピード感、目標に対する高いコミットメントです。協議のきっかけは経営陣との意見交換でした。グループに入れば、研究開発の技術や効果の根拠を活用でき、生産や物流でも相乗効果が見込める。この考えが一致し、協議を始めたと書かれています。

M&Aの手法・成約内容

取得は2回に分けて実行され、2021年4月1日に完全子会社になりました。2021年2月12日の取締役会で決議し、同日に売主5名と株式譲渡契約を締結。2021年3月1日に5,330株(29.61%)、4月1日に10,770株(59.83%)を取得しました。合計16,100株の対価は現金33億2,200万円(有価証券報告書の記載は33億2,300万円)。取得前の1,900株と合わせて18,000株となり、議決権の100%に達します。買収関連費用は概算1,000万円(有価証券報告書の確定額は900万円)。取得価額は外部専門家による株式価値評価を参考に検討した旨が、監査報告書に記載されています。

この値段は、どう説明できるか

取得比率が89.44%のため、100%に換算して試算します。33億2,200万円 ÷ 89.44% により、会社全体の評価額は37億1,400万円です。

項目金額
会社全体の評価額(100%換算)37億1,400万円
うち受け入れた資産と負債の差額10億6,400万円
差額(のれん)26億5,000万円

10億6,400万円は、有価証券報告書にある受け入れ資産20億5,500万円と引き受け負債9億9,100万円の差額分。ここには、取得時に識別した商標権9億4,100万円と顧客関連資産3億6,100万円が含まれます。

評価額の71%をのれんが占めます。営業利益は3期連続で赤字のため、利益の何年分かという基準では評価できません。売上高との比較では、2021年3月期見通し13億5,000万円の2.8倍です。月商約2億円を12か月分に換算した24億円に対しては1.5倍となります(当社試算)。

当社(CommerceX M&A)は、赤字の会社の値段を、営業利益の年数ではなく、売上の倍率と、買い手が自社で同じ事業を作る費用で測ります。本件の開示に、自社で作る費用は示されていません。説明できるのは、売上の伸びの速さと、10.56%の株主として見てきた事業を、グループの研究開発・生産・物流の力で伸ばせるという見立て。当社は、37.1億円をこの2つを含んだ価値に付いた値段と読みます。

取得前から保有していた1,900株は、取得原価0.95億円に対し取得日の時価が3億9,200万円と評価され、4.1倍です。差額2億9,700万円は、特別利益(段階取得差益)として2021年12月期に計上されました。

実際に計上されたのれんと、その償却

のれん26億5,000万円は7年、商標権9億4,100万円は10年、顧客関連資産3億6,100万円は4年で償却します。均等償却とした場合の年額は、のれん3億7,900万円、商標権9,400万円、顧客関連資産9,000万円で、合計5億6,300万円です(当社試算)。償却は連結の手続きで生じる費用で、トリコ単体の営業損益には入りません。2021年8月提出の四半期報告書では、のれん及び商標権の償却費等の増加に伴い、育成ブランドの営業損失が拡大したと報告されています。

取得後のトリコ

のれんは、取得から21か月後の2022年12月末に残高ゼロとなりました。

決算期開示された内容
2021年12月期のれん償却2億8,300万円。期末残高23億6,600万円
2022年12月期のれん償却3億7,800万円に加え、減損損失19億8,700万円。期末残高ゼロ。商標権等は9億7,900万円が残る。ポーラ・オルビス単体の決算では、トリコ株式に34億2,700万円の評価損
2023年12月期FUJIMIの減損損失9億2,800万円。1月にブランドメッセージを改め、リブランディング
2024年12月期有価証券報告書が黒字化を実現と記載(2023年12月期の決算補足資料が掲げた「2024年黒字化」の目標どおり)
2025年12月期WEB広告市場での顧客獲得に苦戦し、前年を下回る

減損の要因は、トリコの営業損益が2021年12月期と2022年12月期の2期連続で赤字となり、当初の中期経営計画と実績に大きな乖離が生じたことです。割引前の将来キャッシュ・フローの見込みが帳簿価額を下回り、残るのれんを全額減損しました。償却と減損の合計額は26億4,800万円で、のれん26億5,000万円とほぼ符合します(2百万円は端数)。2023年のFUJIMIに関する減損を含めた29億1,500万円は、取得原価の78%に相当(当社試算)。

事業の中身も変わりました。有価証券報告書の説明は、2021年12月期が「サプリメントやフェイスマスク」、2022年12月期以降が「サプリメントやプロテイン」。2023年12月期の決算補足資料は、プロテインを軸に商材を広げる方針を掲げています。トリコは完全子会社のまま続き、2026年8月提出の半期報告書も育成ブランドにFUJIMIを挙げます。

買い手が読み取れること

払える上限は、自社で同じ事業を作る費用と時間で決まります。年買法も営業利益の年数も使えない会社で、売上倍率は2.8倍と1.5倍。診断、商品設計、定期の仕組みを自社で作る費用は開示にないため、買い手が自社の数字で見積もり、37.1億円と比べます。倍率は、売上の中身(新規客と継続客の比率)が分かって初めて使える目安です。

事前に株主として見ていた会社でも、計画と実績は開きます。ポーラ・オルビスは取得前から10.56%を保有し、経営やマーケティングの動きを近くで把握していました。それでも営業赤字は2期続き、のれんは21か月でゼロになっています。買収時点の月商約2億円は当時の勢いを示す数字で、買収後の通期計画とは性質が異なります。買う前に、月商の内訳、客層別の継続率、広告経由の獲得単価を、月次の実績で確かめます。

価格を決めた前提が、そのまま減損の判断基準になります。監査報告書は、取得価額を検討した2021年12月期と、減損を計上した2022年12月期の両方で、主要な仮定に「客層別の販売計画」と「顧客継続率」を挙げています。買収時に使った2つの仮定を、買収後も同じ形で月次に追えば、計画との開きは減損より前に見えます。当社は、定期購入の事業で獲得コストの上限を「1年の顧客単価 − 原価 − 配送費 − 確保する利益」で逆算し、顧客生涯価値の試算には直近3か月の実測の解約率を使います。創業時の想定値は使いません。

開示された相乗効果は供給側の力で、顧客獲得は課題として残りました。取得理由に挙がったのは研究開発技術・効果の根拠・生産・物流。2025年12月期の有価証券報告書は、FUJIMIがWEB広告市場での顧客獲得に苦戦したと書き、今後の取り組みに、自社EC以外のチャネルの展開と、継続率・顧客生涯価値の向上を挙げています。当社が公表された小型の買収を買収後の数字まで見た範囲では、伸びた買収は買い手が自社の販路や運営の型を持ち込んでいます。顧客獲得で持ち込める力が買い手にあるかを、金額の前に確かめます。

よくある質問

Q. のれん26億円が21か月でゼロになったのは、なぜですか。

A. 償却と減損の合計です。2021年12月期に2億8,300万円、2022年12月期に3億7,800万円を償却し、2022年12月期に減損損失19億8,700万円を計上しました。減損の理由は、2期連続の営業赤字と、当初の中期経営計画との大きな開き。償却も減損も会計上の費用で、現金は出ていきません。

Q. 赤字の会社に37億円は、高いのですか。

A. 営業利益の年数では測れません。売上で見ると、2021年3月期の見通し13億5,000万円の2.8倍、月商約2億円の12か月分の1.5倍です。買い手が比べる相手は、自社で同じ事業を作る費用と時間です。

Q. 取得前に10.56%を持っていたことは、効果がありましたか。

A. 取得原価0.95億円の1,900株が、取得日の時価で3億9,200万円に評価され、2億9,700万円が特別利益になりました。ただ、事前に経営を見ていた会社でも、のれんは21か月でゼロになっています。

Q. こうした案件は、どこで見つかるのですか。

A. 公表されるのは、買い手が上場企業で、開示義務がある取引に限られます。開示の対象にならない譲渡は、公表されないまま成立します。CX BASEでは、買収のご相談をいただいた企業へ、条件に合う譲渡案件を公開前にご案内しています。

ご相談ください

赤字の会社の値段は、利益の年数ではなく、売上の倍率と、買った後の計画で決まります。

CX BASEは、EC・小売・D2C領域の譲渡案件を扱っています。買収のご相談をいただいた企業には、条件に合う案件を公開前にご案内します。

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出典

  • 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス「トリコ株式会社の株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」(2021年2月12日公表)、「(開示事項の経過)株式取得による子会社化完了に関するお知らせ」(2021年4月1日公表)(2026年10月16日確認)
  • 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス「四半期報告書 第16期第2四半期」(2021年8月12日提出)、「有価証券報告書」第16期(2021年12月期・2022年3月25日提出)・第17期(2022年12月期・2023年3月28日提出)・第18期(2023年12月期・2024年3月28日提出)・第19期(2024年12月期・2025年3月27日提出)・第20期(2025年12月期・2026年3月25日提出)、「半期報告書 第21期中」(2026年8月10日提出)(2026年10月16日確認)
  • 株式会社ポーラ・オルビスホールディングス「2023年12月期 決算補足資料」(2024年2月14日公表・2026年10月16日確認)
  • tricot inc. 公式サイト(tricot-inc.com)(2026年10月16日確認)

(金額は株式の代金33億2,200万円です。有価証券報告書の取得価額は33億2,300万円、取得前の保有分を含む取得原価は37億1,500万円。100%換算は33億2,200万円÷89.44%の当社試算です。受け入れた資産と負債の差額は有価証券報告書の資産2,055百万円と負債991百万円の差、のれん・商標権・顧客関連資産・償却・減損・評価損の額は有価証券報告書の数字です。売上倍率・年額・減損の比率は当社試算で、営業利益は赤字のため倍率で比較していません)

書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

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