M&Aニュース2026年4月 実行書き手:齋藤 浩喜

Her lip toに40億円 ── 利益が半減しても、yutoriが2回目に高く買った理由

発表日2024年8月5日(51%取得)/2026年4月13日(残り49%取得)
譲受企業株式会社yutori(東証グロース 5892)
譲渡企業株式会社heart relation
事業ライフスタイルブランド「Her lip to」などの企画・運営
譲渡価額16億8,300万円(51%)→ 約19億6,000万円(残り49%)。2回目はyutori株式1億1,600万円分の交付を伴う
スキーム株式譲渡(2段階)
出典yutori 適時開示(2024年8月5日・2026年4月13日)

譲渡企業の概要

買い手が向き合ったのは、利益が3期で半減している会社です。heart relationは小嶋陽菜氏が代表を務め、ライフスタイルブランド「Her lip to」などを企画・運営しています。

1回目の取得時に開示された2023年12月期の数字。

項目金額
売上高29億3,100万円
営業利益3億700万円
純資産11億7,500万円

売上30億円弱に対して営業利益率10.5%。黒字のアパレルD2Cです。ただし営業利益の推移は5億8,000万円 → 5億6,800万円 → 3億700万円で、直近期はほぼ半減しました。数字は適時開示に記載された決算書ベース(利益修正前)です。

譲受企業の概要

自社で立ち上げたブランドと、買ってきたブランドを並べて増やしてきた買い手です。yutoriはZ世代向けのストリート系を中心に複数のアパレルブランドを運営し、2023年12月に東証グロースへ上場しました。過去にも「F-LAGSTUF-F」「Younger Song」「Wudge Boy」を取得しており、外からブランドを買う手順を持っています。

M&Aの目的・背景

開示が挙げた狙いは、届いていない客層と、扱えていない商材でした。yutoriは1回目の公表で、「『ターゲット層の拡大』、『アパレル以外の商材の取扱い』を目的として」heart relationをグループに迎えたと説明しています。あわせて「生産・物流管理業務及びバックオフィス業務の連携により効率的なグループ運営を目指」すこと、代表の片石貴展氏のコメントとして「ブランド運営、商品企画及びマーケティング等のノウハウを互いに共有すること」も公表されました。

yutoriのブランド群と「Her lip to」の客層は重なりません。そのうえ「Her lip to」は小嶋陽菜氏と一体になったブランドで、同じものを自社で作ることも、似たものを他社から買ってくることもできない。買い手から見れば、買うか、あきらめるかの二択でした。

2回目は理由が変わります。2026年4月の開示は「heart relationは継続的な成長を遂げて安定的に利益を創出しており、今後も成長余地を有していることから、同社の完全子会社化が、yutoriグループの収益基盤強化および資本効率の向上に資する重要な施策である」と説明しました。1回目は手に入らないものを取りに行く判断、2回目は取ったものを全部グループの利益にする判断です。

M&Aの手法・成約内容

2段階の株式譲渡。51%を先に取り、1年8か月後に残る49%を取っています。2024年8月5日に51%の取得を公表し、資本業務提携契約にも合意しました。本記事で使う16億8,300万円は株式の代金で、アドバイザリー費用等は含みません。

2026年4月13日、残る49%を約19億6,000万円で取得して完全子会社化。あわせて小嶋陽菜氏へyutori株式1億1,600万円分が交付されました。小嶋氏は取得後も代表を続けています。

この値段は、どう説明できるか

51%で16億8,300万円ということは、会社全体で33億円の評価です。ここから純資産とのれんに分けます。

項目金額
会社全体の評価額(100%換算)33億0,000万円
うち純資産11億7,500万円
差額(のれん)21億2,500万円

のれん21億2,500万円 ÷ 営業利益3億700万円 = 6.9年分。中小M&Aで語られる年買法は時価純資産+営業利益1〜3年分ですから、その2倍以上です。当社(CommerceX M&A)が適時開示から確認したEC・D2C領域の8件でも、のれんは1.3年分から10.2年分に分布し、中央値は5.0年分。6.9年は上のほうに位置します。

利益の推移だけでは説明がつきません。この水準を作ったのは、買い手側に代わりがなかったこと。開示の狙いは客層と商材の拡張で、「Her lip to」はその両方を一度に埋める一方、同じものを調達する手段が市場にありませんでした。

当社の見解では、こうした相手に出す値段は3本の線で持ちます。売主の事業だけで見た価値、自社と組んで増える分まで入れた価値、そして払える上限。上限は、増える分が実現しない可能性を差し引いた線です。ここを超える額は固定の代金では出さず、後払いに回します。3本を先に置かないまま競り合うと、倍率だけが伸びていく。

2回目のほうが、1株あたりの評価は高い

1回目(2024年8月)2回目(2026年4月)
取得比率51%49%
譲渡価額(株式の代金)16億8,300万円約19億6,000万円
100%換算の評価額33億0,000万円40億0,000万円

会社の評価は1年8か月で21%上がりました。売り手が受け取った代金は2回あわせて36億4,300万円(yutori株式1億1,600万円分は別)。

51%を渡した時点で、残る49%は他へ売れない株になります。買い手はすでに支配権を持ち、売り手の相手はyutori1社だけ。その立場でも価格は上がりました。

買い手が読み取れること

代替の効かない資産に、利益倍率は当てはまりません。営業利益3億700万円に3〜5倍を掛ければ9億円から15億円で、実際の33億円とは桁の話が変わります。金額を出す前に確かめるのは「自社にとってこの相手に代わりがあるか」。代わりがあるなら倍率で交渉でき、ないなら物差しは代替コストへ移ります。

代わりがない相手では、物差しが「自社で作るといくらか」へ移ります。同じ客層に同じ熱量で届くブランドをゼロから立ち上げるなら、何年かかり、広告費と人件費がいくら必要か。その総額から、立ち上げが失敗する確率のぶんを差し引いた額が、払える上限の目安になります。社内の投資判断では「相場の何倍か」より通しやすい根拠です。

キーマンに寄った価値は、契約で押さえられる範囲までしか買えません。当社が買収前に確認するのは3点です。キーマンに価値が寄っている会社では、在籍の期間、競業避止、商標と本人名義の使い分け。この3つが書面で埋まるまで、金額の話には進みません。人が抜けた翌日に何が残るかを、契約書の条文で数えられる状態にします。

残り49%の価格の決め方は、最初の契約に書きます。この案件は2回目の評価が21%高く、買い手は自社の運営基盤で伸ばした後の値段で買い直しています。当社が使う対価の組み方は、倍率を固定して、動かすのは後払いの枠だけ。残りをいつ、何を基準に、いくらで買うのか。決め方を先送りすると、自分が伸ばした分まで買い直すことになります。

買った後は、のれんの償却が損益に残り続けます。のれん21億2,500万円を日本基準で10年償却すれば、年2億1,250万円の費用。営業利益3億700万円の会社を取り込んでも、連結で残る利益は1億円弱です。可否を出す前に、償却後の数字で計算しておく。減損の判定も、この計画からの下振れで決まります。

検証は、利益が減った理由から始めます。営業利益は5億8,000万円から3億700万円へ落ちました。広告費か、原価か、増やした人員か、単発の費用か。利益修正でどこまで戻せる性質かで、払える金額が変わります。あわせて見るのは、ブランド1本への依存度と、代表の露出に依存した売上の比率です。

よくある質問

Q. のれんが営業利益の6.9年分というのは、払いすぎではありませんか。

A. 利益倍率で見れば説明がつきません。当社が確認した8件の中央値は5.0年分で、6.9年はその上です。分かれ目は自社に代替手段があるかどうか。代替手段がある案件でこの倍率を出せば払いすぎ、ない案件では自社で作る場合の総額と比べて決めます。

Q. キーマン依存の会社は、買わないほうがよいですか。

A. 買えます。買えるのは契約で押さえられる範囲までです。在籍期間、競業避止、商標の帰属、本人名義の使用条件。この4点が埋まらないまま金額を決めると、支払った後に価値だけが抜けます。この事例では代表が取得後も続投し、2回目の対価の一部が買い手の株式で支払われました。

Q. 51%だけ取る形と、はじめから100%取る形は、どちらが有利ですか。

A. 初期の支出は51%のほうが小さく、売り手に伸ばす動機を残せます。一方で残りを後から買う価格は上がりやすく、この事例では1年8か月で21%上がりました。差額を許容できるかは、残り分の価格の決め方を最初の契約に書けるかで決まります。

Q. こうした案件は、どこで見つかるのですか。

A. 公表されるのは、買い手が上場企業で開示義務を負う場合に限られます。数としては非公表の取引のほうが多く、そこへ届くかどうかが買い手の差です。CX BASEでは、買いニーズを登録いただいた企業へ、条件に合う案件を公開前にご案内しています。

ご相談ください

CX BASEは、EC・小売・D2C領域の譲渡案件を扱っています。買いニーズを登録いただいた企業には、条件に合う新着案件のご案内と、公開前の個別打診が届きます。登録に費用はかかりません。

買収をお考えの方へ

→ 案件を見る

→ 買収の相談をする

売却をお考えの方へ

→ 売却の相談をする


出典

  • yutori「株式会社heart relationの株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」(2024年8月5日)。2026年9月4日確認
  • yutori「『Her lip to』を運営する株式会社heart relationと資本業務提携契約に合意 yutoriグループにジョイン!」(2024年8月5日)。取得の目的・代表コメントの引用元。2026年9月4日確認
  • yutori 適時開示(2026年4月13日、残余株式の取得および完全子会社化)。完全子会社化の理由の引用元・株式交付の内容。2026年9月4日確認
  • EC・D2C領域8件ののれん年数(中央値5.0年・1.3〜10.2年):当社が適時開示から集計。2026年8月30日時点

(金額は株式の代金です。アドバイザリー費用等を含む取得価額とは分けています。取得比率が100%でない回は100%に換算しました。のれんの年数は当社の算出です。財務数値は適時開示に記載された決算書ベース(利益修正前)。本記事は公表情報にもとづく分析であり、個別の評価額を保証するものではありません)

書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

あわせて読みたい

あなたの状況で聞きたいことはありませんか

売却も買収も、初回のご相談は無料です。秘密は秘密保持契約で守られます。