EC事業の売却で、買い手は何を見るのか ── 売る理由の伝え方と、買い手のニーズで変わる売却額

「自分のブランドを売るとき、買い手はどこを見ているのか」。売却を考え始めたEC・D2Cの経営者が抱く問いです。

私は自社のブランドをいくつか売却し、その後もEC・D2Cの領域で、さまざまなM&Aに関わってきました。買い手がどこを見ることが多いのか、そのパターンが見えてきた。この動画では、売却の理由、買い手のニーズによる金額の違い、EC事業で見られやすい3つの点を話しました。

この記事の結論は次の4つです。

  • 買い手が見る点のうち、私が最も大事だと考えるのは売却の理由。伸びている会社の売却では、買い手が納得できる言葉で理由を説明できるようにしておきます
  • 売却額は買い手のニーズで変わり、相手によって2倍になることもある。営業利益の何倍という目安だけでは決まりません
  • EC事業で見られやすいのは、属人性・商品力・カテゴリーへの特化の3つ。何でも扱う事業は、相手先探しが難航しやすくなります
  • 買い手は事業の将来を買う。売る理由と3つの点を言葉にし、事業計画と資料にまとめてから相手先を探します

M&Aを出口にする会社が増えている(動画 0:30〜)

日本のM&Aの件数は年々増えており、後継者のいない会社に加えて、成長を目指す会社の売却が増えています。売りたい会社も、買いたい会社も増えている。

件数は2030年ごろまで増え続けると言われています。これまで増えてきたのは、後継者がいない会社のM&Aでした。直近は、もっと伸ばしたい、イグジット(創業者が株を売って利益を得ること)したいという若い経営者のM&Aが増えている。成長戦略型と言われるM&Aです。

日本には100年続く経営をよしとする文化があり、年齢が上の経営者ほど、M&Aに身売りのような悪い印象を持つ方が多くいます。若い世代では、若いうちに売却し、また起業する連続起業家が評価されつつある。アメリカではM&Aで出口を迎えるのが一般的で、日本でもその割合が上がってきています。

EC・D2Cの市場も伸びている。EC化率(物販の売上のうちネット通販が占める割合)は直近で9.7%ほどと、10%に届かないくらいまで上がりました。Amazonや楽天のアカウントの数も、年々増えています。

商品の寿命が短くなり、売却は合理的な判断になった(動画 3:18〜)

ヒット商品が長く売れ続けなくなった今、どこかで売却してキャッシュを作るのは合理的な判断だと私は考えています。EC物販は在庫を抱えるため、売れなくなったときのリスクも大きい。

昔は、ヒット商品を1つ作れば5年ほど売れ続けるのが一般的でした。いまは、流行っても次の年には忘れられている。売上を伸ばし続けるには、毎年か数年に1回、ヒット商品を出し続けなければなりません。かなり難しいことです。

ブランドを運営する側には、今売れている商品がいつまで売れるのかという不安がある。売れているうちは、まだいけると思える。売上が下がったり、伸びが止まったりしたときに不安になります。

EC物販には、在庫を抱えるという面もあります。売れなくなった在庫は、もう資産ではない。在庫を積むための借入れも、売れなければ返せません。売れているときはよくても、売れなくなったときのリスクがとても大きいビジネスです。

私も以前は自社のブランドをいくつも運営していて、効率がよくなかった。そのうちいくつかを売却しています。このまま自分で経営を続けるほうが、自分にとってリスクが大きいと考えたからです。

「D2Cブランドをやっているオーナーさんが、どこかのタイミングで売却をして、ある程度キャッシュを作ったりする。そういうのは合理的な判断なんです、僕は」(5:30)

大手の傘下に入り、ブランドをさらに伸ばしながら、一定の資金も得る。会社としても伸びていく。私はこれを理想の形だと考えています。売却する人が増えているのも、こうした考え方からだと思います。

買い手が納得できる売却の理由を、言葉にしておく(動画 6:21〜)

買い手が見る点のうち、私が最も大事だと考えるのは売却の理由です。なぜ売るのかが明確で、買い手が納得できる理由であることが欠かせない。

売る理由には、いろいろなパターンがあります。別の事業をやりたい。経営に疲れた、飽きたという正直な理由もある。売上が下がってきたから、という場合もあります。

私は、伸びている状態での売却を勧めています。伸びている会社の売却には、買い手が疑問を持つ。

「伸びているのに、儲かっているのに、なんで売るんですか。ちょっと怪しいです。というのが、買い手の本音だったりするんですよ」(6:48)

そこで、売る理由をきちんと説明できるように準備します。理由を作るのとは違う。本当の理由を、買い手が納得できる言葉にしておきます。売る時期の考え方は伸びているうちに売るか、待つか ── 売ると決める前に確かめる2つの問いにまとめています。

売却額は、買い手のニーズで変わる(動画 7:09〜)

売却額は営業利益の何倍という目安だけでは決まらず、買い手によって2倍になることもあります。M&Aは相手ありきで、金額を決めるのは相手だからです。

売却の理由の次に大事なのが、価格の決め方です。営業利益の何倍かなど、価格を決める要素はいろいろあり、決まり方はEC事業の売却価格はどう決まるのか ── 営業利益の3倍という目安と、価格を分ける5つの要素で話しました。

「結局、M&Aは相手ありきで、相手が金額を決めるというか、相手によって金額が2倍になったりするわけです」(7:18)

水をどこで売るかという、よくあるたとえがあります。都会で150円で売る水と、砂漠で1,000円で売る水では、値段がまったく違う。M&Aも本当に水物で、どの会社も自社を評価してくれるわけではありません。たとえば建築業の会社に売却を持ちかけても、うちとは関係がないと言われ、交渉の前提にも乗らない。

買い手の例売り手のEC事業をどう見るか
建築業の会社自社と関係がなく、交渉の前提にも乗らない
自社ECのブランドが欲しい会社自社ECのブランドとして手に入れたい
ECのノウハウが欲しい会社ECのノウハウを手に入れたい
上場企業売上と利益をグループに加え、時価総額を上げたい

相手によって、評価の金額はまったく変わります。響く点も、自社の魅力の伝え方も、相手ごとに違う。

EC事業で見られやすい、属人性・商品力・カテゴリーへの特化(動画 8:33〜)

EC事業でよく見られるのは、社長が抜けても伸び続けるか、競合より優れた商品か、カテゴリーに特化しているかの3点です。3つ目は、2つ目の商品力とも関わります。

1つ目は属人性(特定の人に頼っていること)。社長が辞めても、この事業が今後も伸び続けるかどうか。事業の継続性を見られます。

2つ目は商品力です。競合より優れた点を持つ商品かどうかは、よく見られる点の1つ。

3つ目は、カテゴリーへの特化です。1つのカテゴリーに絞って展開している事業は、評価されやすい。いろいろな商品を何でも扱っている事業は難しく、相手先探しが難航することが多くあります。

魅力を言葉にし、事業計画と資料にまとめる(動画 9:48〜)

買い手は事業の将来を買うため、売る理由と3つの点を言葉にし、事業計画と資料にまとめてから相手先を探します。言葉にしておくことは次のとおりです。

見られる点買い手が確かめること売り手が言葉にしておくこと
売却の理由なぜ売るのか。伸びているのに売るのはなぜか買い手が納得できる、本当の理由
属人性社長が辞めても、事業が伸び続けるか自分が抜けても回る仕組みになっているか
商品力競合より優れた点のある商品か競合が入りにくい状況を築いていること
カテゴリーへの特化1つのカテゴリーに絞っているかカテゴリーの中で、自社の商品がどの位置にいるか

これらを言葉にしたうえで、買い手企業と一緒になれば必ず伸びると話せるD2Cブランドは、評価されやすくなります。言葉にしたものは、資料にまとめておく。買い手は、基本的に事業の将来を買います。だから事業計画にまとめたうえで、相手先を探すことが大事です。

私自身、D2Cブランドを売却したとき、決算書に出ない数字以外の情報やブランドの価値をなかなか伝えられず、苦労しました。その経験もあって、いまはEC・コマース領域に特化したM&A支援の会社、CommerceX M&Aを運営しています。

この記事のまとめ

  • M&Aの件数は増えており、後継者のいない会社に加えて、成長を目指す会社の売却が増えている
  • 商品の寿命が短くなり、在庫のリスクもあるEC物販では、どこかで売却してキャッシュを作るのは合理的な判断
  • 買い手が見る点のうち、私が最も大事だと考えるのは売却の理由。伸びている会社の売却では、本当の理由を言葉にしておく
  • 売却額は買い手のニーズで変わり、相手によって2倍になることもある
  • EC事業で見られやすいのは、属人性・商品力・カテゴリーへの特化。これらを言葉にし、事業計画と資料にまとめてから相手先を探す

よくある質問

Q. 伸びている会社の売却は、買い手に怪しまれませんか。

A. 買い手が「伸びているのに、なぜ売るのか」と疑問を持つことはあります。それでも私は、伸びている状態での売却を勧めている。別の事業をやりたい、経営に疲れたなど、本当の理由を買い手が納得できる言葉にしておくことが大事です。

Q. 同じ会社でも、買い手によって売却額は変わりますか。

A. 変わります。M&Aは相手ありきで、相手によって金額が2倍になることもある。自社ECのブランドが欲しい会社、ECのノウハウが欲しい会社、売上と利益をグループに加えたい上場企業など、買い手のニーズはさまざまです。

Q. いろいろなカテゴリーの商品を扱う事業は、売りにくいですか。

A. 何でも扱っている事業は、相手先探しが難航することが多くあります。1つのカテゴリーに絞っている事業のほうが評価されやすい。カテゴリーの中で自社の商品がどの位置にいて、競合が入りにくい状況を築けているかを言葉にしておきます。

ご相談ください

この記事の結論は「買い手は事業の将来を買う。だから売る理由と魅力を言葉にし、事業計画と資料にまとめてから相手先を探す」です。

売却を考えている方へ。売る理由や自社の魅力を言葉にする準備は、相手先を探す前から始められます。まだ売るには早いかと迷っている段階でも、ご相談いただけます。

買収を考えている方へ。同じ事業でも、買い手のニーズによって評価は変わります。条件をうかがい、合う譲渡の情報をご案内します。

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書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

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