EC事業の売却価格はどう決まるのか ── 営業利益の3倍という目安と、価格を分ける5つの要素
「年商1億円のブランドは、いくらで売れるのか」。同じ年商1億円でも、1億円で売れることも、2億円で売れることもある。3,000万円のことも、値段がつかないこともあります。年商と利益が同じでも、売却額は大きく変わります。
私は自分のD2Cブランドを売却し、その後はM&Aの支援者として、さまざまなD2Cブランドの売却に関わってきました。いまは買う側にも立っている。その3つの立場から、売却額の差がどこで生まれるかを書きます。
この記事の結論は次の4つです。
- 先に決めるのは、株式譲渡か事業譲渡か。モールによってはアカウントを譲渡できず、手取りも形で変わります
- 土台は営業利益で、目安は営業利益の3倍ほど。ECは金型など設備への投資が大きくない限り、営業利益で見れば足ります
- 同じ利益でも、LTV(1人のお客様が生涯に払う金額)・オーナーの依存度・販路・顧客資産・商品力の5つで評価が変わる。販路も取引先も多く安定した事業は、4倍ほどで話ができることもあります
- 相手を探し始めるのは、売上が伸びているうち。相談は売却の2年ほど前が最もよいと私は考えています
株式譲渡か事業譲渡か、売る形を先に決める(動画 0:49〜)
売却額を考える前に、会社ごと売る株式譲渡か、ブランドだけを売る事業譲渡かを決めます。形によって、移せるものも手取りも変わるからです。
事業譲渡は、会社を手元に残し、中の事業だけを売る方法です。たとえば複数のブランドを扱う会社が、Amazonや楽天で売っている1つのブランドだけを、アカウントとともに譲る。D2Cブランドでは、私がこれまで話をしてきた範囲で、株式譲渡と事業譲渡がおよそ半々。M&A全体と比べると、ECは事業譲渡の割合が多い業種だと見ています。
| 項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 売るもの | 会社ごと | 1つのブランドなど、事業だけ |
| アカウントと契約 | 株の名義を変えると、会社ごと一度に移る | モールのアカウントの名義を変え、工場やメーカーとの契約も結び直す |
| 難しさ | 事業譲渡より低い | 結び直せない契約がある。特許や許認可は簡単に引き継げない |
| 売り手の税金 | 株式の譲渡にかかる税 | 法人税 |
| 買い手の税金 | 株式の取得費用になる | 事業の取得費用になり、税の面で得をしやすい |
モールによっては、アカウントの譲渡そのものが禁止されています。その場合は会社ごと譲渡するか、株式譲渡の形をとりながら、分割の方法で事業だけを切り分けて譲渡する。規約はモールごとにまったく違います。
税金の違いで、最終的な手取り額も変わります。買い手にとっての税の得は、売却の倍率を変える要素にもなる。自社に合う形は1人で決めず、専門家に相談することを勧めています。
価格の土台は営業利益、目安は3倍ほど(動画 4:23〜)
売却額の土台は営業利益で、一般に言われる「営業利益の3倍ほど」は大枠で外れていないと私は考えています。ただしこれは目安で、同じ利益でも中身によって評価は変わります。
この3倍は、営業利益に対する倍率です。上場企業の株価収益率(PER=株価が純利益の何倍か)とは物差しが違います。公表された事例の倍率の幅はEC事業は「利益の何倍」で売れるのかで整理しました。
EBITDA(営業利益に減価償却費を足し戻した利益)は、ECではそこまで意識しなくてよい。ECの事業には、減価償却がそれほどないからです。例外は、商品開発で金型を作るなど、設備に大きな初期投資をしている事業。それ以外は営業利益で見れば足ります。
| 会社 | 売り方 | 営業利益 | 評価のされ方 |
|---|---|---|---|
| A社 | Amazonだけ | 3,000万円 | 目安の3倍で、おおよそ1億円 |
| B社 | Amazon・Shopify・楽天の3つに分散。顧客資産もある | 3,000万円 | A社と同じ倍率では違和感がある。販路も取引先も多く安定していると示せたら4倍ほどで話ができることもある |
決算書に出ない価値は伝えにくい。昔、自分のD2Cブランドを売却したときに、私も苦労しました。
「決算書には出てこないような数字以外の情報、ブランドの価値を、なかなか伝えることができず、きつい思いをしたことがあります」(6:18)
この経験もあって、いまはEC・コマース領域に特化したM&A支援の会社、CommerceX M&Aを運営しています。
ここまでの倍率は、平均的な目安です。最後は、自分がいくらなら売りたいか、売ってもよいか。その金額に着地します。
価格を分ける5つの要素(動画 7:09〜)
同じ営業利益でも、LTV・オーナーの依存度・販路・顧客資産・商品力の5つで売却額は変わります。私は、このうちLTVを最も大きな要素と見ています。
| 要素 | 何を見られるか | 価格への影響 |
|---|---|---|
| 1. 商品のLTV | お客様が何か月続けて買うか、1人あたりの売上 | 将来の売上と利益の根拠になる |
| 2. オーナーの依存度 | 社長が抜けても事業が回るか | 倍率への影響は大きくないこともある。ただしロックアップ(売却後も何年か代表を続ける縛り)が増える |
| 3. 販路 | 1つのモールだけで売っていないか | 1つに頼るとリスクと見られる。分けると評価が上がる |
| 4. 顧客資産 | 顧客データを自由に使えるか | 自社EC中心の事業はモール単体より評価されやすい |
| 5. 商品力 | 競合より優れた点、真似されにくい仕組み | 数値には表しにくいが、かなり重要 |
1つ目:商品のLTV
リピート商品では、1回買ったお客様が何か月続けて買うかを見ます。リピート商品でなくても、何年か続けていれば1人あたりの売上は出せる。
「買い手企業は、ブランドの将来、未来を買っているわけです。未来の売上や利益がある程度確定できるという話を売り手側からできれば、価値として見ていただけます」(7:36)
2つ目:オーナーの依存度(動画 7:51〜)
属人性(特定の人に頼っていること)とも言われます。買い手からは「社長が抜けたら、この事業は成り立たないですよね」と大体指摘される。ECは社長1人、または1人と業務委託で回している会社が多いからです。倍率への影響は、そこまで大きくないかもしれない。ただロックアップの縛りが増え、売った後も抜けられない期間がずっと続くこともあります。
3つ目と4つ目:販路と顧客資産(動画 8:33〜)
この2つは似ています。Amazonだけ、楽天だけで売っていると、リスクとして見られる。最も評価されやすいのは、自社ECを中心に売っている事業です。顧客データを自由に使える形で持っていることが多いから。Amazonではその情報をAmazon側が持ち、商売の中心はランキングをどう上げるかになります。
5つ目:商品力(動画 9:24〜)
数値ではっきり表せる要素ではありません。それでも、ECのブランドで私が最も大事だと考えるのは商品力です。競合より優れた点があり、真似されにくい仕組みになっているか。経営側の指標としては、これにマーケティング力、組織と資金を加えた3つが大事だと考えています。商品は普通でも、マーケティングがうまくて大きく売れている商品もある。
販路ごとの評価は、事業を見ないと分からない(動画 10:15〜)
プラットフォーム別の評価は、どこで売り、どこだけを売りたいかで変わるため、事業を見ないと分かりません。Amazon単体か、楽天とYahoo!ショッピングだけかでも違います。
リピート通販なのか、モール単体なのか、自社ECだけなのか。これで評価はまったく変わります。自社の場合を知りたい方には、事業に合わせて助言します。
よくある失敗は、売上が下がってから相手を探すこと(動画 10:50〜)
売却でよくある失敗は時期の選び方で、売上が下がり始めてから相手を探すと評価されにくくなります。買い手は将来を見ているからです。
相手を探すときに売上が少し下がっていると、印象はよくありません。このブランドを買ったらこの先も下がっていくのではないか。買い手にそう思われると、評価はされにくい。
「伸びているうち、ブランドが波に乗っている時に相手先を探し始めるのが、めちゃくちゃ大事です」(11:19)
実際には、売上が伸び悩み、自分の限界を感じてから相談に来る方が多い。その時点では、将来の事業計画も足元の業績も落ちていることがあります。私は、売却の2年ほど前に専門家へ相談するのが最もよい時期だと考えています。相手探しから3か月や半年で成約することもあります。それでも、その前の準備の時間はできるだけ長く取ることが大事。売るか待つかは伸びているうちに売るか、待つか ── 売ると決める前に確かめる2つの問いで整理しました。
売る前の準備がすべて(動画 12:08〜)
自社ブランドの売却は準備がすべてで、売る形と買い手に評価される点を、今の段階から整えます。評価のされ方は個別の事情でも大きく変わるため、自社の場合は専門家と確かめます。
この記事のまとめ
- 売る前に、株式譲渡か事業譲渡かを決める。モールによってはアカウントを譲渡できない
- 事業譲渡は法人税、株式譲渡は株式の譲渡にかかる税。形で手取りと倍率が変わる
- 土台は営業利益で、目安は3倍ほど。ECは設備投資が大きくない限りEBITDAを意識しなくてよい
- 同じ営業利益でも、LTVや販路など5つの要素で評価が変わり、4倍ほどで話ができることもある
- 相手を探すのは売上が伸びているうち。相談は売却の2年ほど前
よくある質問
Q. 年商1億円のブランドは、いくらで売れますか。
A. 年商だけでは決まりません。同じ年商1億円でも、1億円や2億円のことも、3,000万円のことも、値段がつかないこともある。土台は営業利益で、目安はその3倍ほど。そこからLTVや販路など5つの要素で上下します。
Q. Amazonだけで売っている事業は、売れないのですか。
A. 売れます。Amazonだけで営業利益3,000万円の事業は、目安の3倍でおおよそ1億円です。ただ、1つのモールに頼っていることはリスクとして見られる。販路を分け、顧客データを自由に使える事業のほうが評価されやすくなります。
Q. 売却の相談は、いつするのがよいですか。
A. 私は、売却の2年ほど前が最もよい時期だと考えています。売上が下がり始めてから相手を探すと、この先も下がるのではと見られ、評価されにくい。相手探しから3か月や半年で成約することもありますが、その前の準備の時間はできるだけ長く取るのが大事です。
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この記事の結論は「売却額は営業利益の3倍ほどが目安で、売る形と5つの要素で上下する」です。
売却をお考えの方へ。まだ売るには早いかと迷っている段階でも、ご相談いただけます。売る形の選び方や、5つの要素のうち自社で整えられるものを、事業に合わせてお伝えします。
買収をお考えの方へ。私もいまは買う側に立っています。買う側も、営業利益の内訳、LTV、社長への依存、販路と顧客データの持ち方、商品力を確かめる。条件をうかがい、合う譲渡情報をご案内します。
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