M&Aニュース2024年5月 実行書き手:齋藤 浩喜

Arche Digitalに2.35億円 ── 営業利益約1,000万円のマレーシアのEC支援会社に、AnyMindは何を払ったのか

発表日2024年3月21日(任意開示。株式の取得は2024年5月29日)
譲受企業AnyMind Group株式会社(東証グロース 5027)
譲渡企業Arche Digital Sdn. Bhd.(2015年9月設立・マレーシア セランゴール州)
事業企業向けのEC運営とマーケティングの支援(ECイネーブラー)
譲渡価額2億3,500万円(議決権100%・現金)。公表時の予定額は1.5百万米ドル
スキーム株式譲渡(現金)。現経営陣は引き続き経営に関与
出典AnyMind Group 開示(2024年3月21日)・同日の補足説明資料・有価証券報告書 第6期

Arche Digital 公式サイト (出典:Arche Digital 公式サイト・2026年10月16日時点の画面)

譲渡企業の概要

Arche Digitalは、マレーシアの企業向けに、ECの運営とマーケティングを一括で支える会社です。範囲は、販売戦略の立案、ECサイトの構築と運用、在庫・物流の管理、カスタマーサポート。グローバルのスキンケアや日用品のブランドを含む企業を支え、獲得した注文は100万件以上です(開示)。

決算期2024年1月期
売上高4,817千MYR(1億5,200万円)
売上総利益2,552千MYR(8,000万円)
営業利益322千MYR(1,000万円)
総資産1,546千MYR(4,800万円)

開示された数字は、直近1期の4項目のみで、純資産と前の期はありません。未監査で、売上高は国際会計基準(IFRS)に合わせた金額(一部の取引は差額で計上)です(補足説明資料)。円換算は、三菱UFJ銀行の2024年3月の平均公表仲値、1マレーシア・リンギット(MYR)=31.60円(開示)。売主は、株主の代表者個人1名(議決権100%)です。

譲受企業の概要

AnyMind Groupは、ブランド構築からEC、マーケティング、物流までを一括で支えるテクノロジー企業です。2016年にシンガポールで創業し、アジアを中心に15の国・地域に拠点を持ちます。2024年12月期(IFRS)は、売上収益507億1,300万円、営業利益25億5,800万円(有価証券報告書)。Arche Digitalは9件目のM&Aで、2023年のインドネシアのDDI社に続く、2社目のEC支援会社の買収です。

M&Aの目的・背景

狙いは、マレーシアのEC支援を、現地の運営チームと取引先ごと取り込むことです。開示が書く取得の理由は、マレーシアのEC支援の体制強化。AnyMindのEC関連プラットフォームと各国の拠点網に、Arche Digitalの現地のECオペレーションチームとクライアントネットワークを組み合わせ、ソフトウェアと運営の代行を一体で出す形(BPaaS)を強めます。

M&Aの手法・成約内容

取得したのは610,002株、議決権の100%で、取得日は2024年5月29日です。決議は3月19日、契約は3月20日、公表は3月21日。取得価額は、株式が1.5百万米ドル、アドバイザリー費用等の概算が0.05百万米ドルで、合計1.55百万米ドル(開示)。方法は、手元の現預金による株式の譲渡です(補足説明資料)。算定の方法と第三者の算定機関は、開示にありません。適時開示の基準には当たらず、AnyMindが任意に開示しました。

この値段は、どう説明できるか

取得の対価は2億3,500万円で、93.6%がのれんです。のれんは営業利益の約22年分に当たります。のれんは、取得額が受け入れた純資産を上回った分。

項目金額
会社全体の評価額(100%)2億3,500万円
うち受け入れた純資産(取得原価の配分後)1,500万円
のれん2億2,000万円

代金は、営業利益(開示の換算で約1,000万円)の約23倍、売上高の1.5倍、売上総利益の約2.9倍(当社計算)。受け入れた純資産1,500万円には、無形資産4,700万円を含みます。年買法(時価純資産+営業利益1〜3年分)は、純資産1,500万円と営業利益約1,000万円で2,500万〜4,500万円。代金は約5倍〜9倍で、年買法の物差しは届きません(当社試算)。取得時の事業計画と算定の前提は、開示にありません。

公表の1.5百万米ドルと確定額の差

後払いの記載はなく、差は為替の換算の範囲に収まります。有価証券報告書の取得の対価は現金2億3,500万円のみで、条件付対価(業績に連動する後払い)の欄がありません。取得日に払った現金も同額で、2024年12月期に企業結合の対価として条件付対価を新たに計上した額も0です(金融商品の公正価値の調整表)。

換算の日三菱UFJ銀行の公示相場(1米ドル)1.5百万米ドルの円換算
2024年3月19日(取締役会の決議日)TTB 148.28円・TTS 150.28円2億2,240万〜2億2,540万円
2024年5月29日(取得日)TTB 156.40円・TTS 158.40円2億3,460万〜2億3,760万円
有価証券報告書の取得の対価─2億3,500万円

決議日から取得日までの71日で、1米ドルの値段はTTB同士で約5.5%上がり、1.5百万米ドルの円額は約1,200万円増えました(当社計算)。公示相場は、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「過去の為替相場」の掲載値です。235百万円を1.5百万米ドルで割ると1米ドル約156.7円で、取得日の公示相場の範囲に入ります。価格が米ドル建てで、取得日に円へ換算したのなら、差はこれで説明できます(当社の読み)。契約書に定めた通貨と、取得日の価格調整の有無は、開示にありません。

同じ買い手の前の取得は、後払いを使っています。インドネシアのDDI社(2023年9月)は、取得の対価1,054百万円が、現金742百万円と条件付対価312百万円。条件付対価は、2023年12月期から2025年12月期の業績の達成度合いに応じ、最大250万米ドルです(有価証券報告書)。

実際に計上されたのれんと、その扱い

のれんは2億2,000万円で、IFRSでは償却しません。毎年の期末と、減損の兆候があるときに、減損テストを行います(有価証券報告書)。のれんの内容は、取得で期待される既存事業との相乗効果と超過収益力で、全額が税務上の損金に入りません。

2024年12月末の減損テストは、Arche Digitalの単位に、継続価値の成長率4.4%、税引前の割引率11.8%を使い、回収可能価額が帳簿価額を上回ると判断しました。2025年12月期の有価証券報告書は、Arche Digitalの金額を個別に記載しません(「その他」に含まれます)。のれんと無形資産の減損損失は、2024年12月期も2025年12月期も0です。

同じ買い手のMISMとの比較

AnyMindは2026年1月に、日本の縦型動画の制作会社MISMを6億4,000万円で取得しています(MISMに6.4億円 ── 営業利益が1年で16倍超に伸びた縦型動画の制作会社に、AnyMindは何を払ったのか)。2件を比べます。

Arche DigitalMISM
取得2024年5月・マレーシア・EC支援2026年1月・日本・縦型動画の制作
代金2億3,500万円6億4,000万円
対象の決算期2024年1月期2025年10月期
営業利益率6.7%32.0%
売上総利益率53.0%68.3%
代金は売上高の1.5倍1.7倍
代金は売上総利益の約2.9倍約2.6倍
代金は営業利益の約23倍5.5倍
後払いなし(取得日に全額現金)開示に記載なし

売上総利益の倍率は近く、営業利益の倍率は4倍以上離れます。営業利益率が6.7%と32.0%で違うためです。MISMは営業利益の5.5倍で、利益が続く前提なら、利益の倍率でおおむね説明がつく値段でした。Arche Digitalは約23倍で、利益の倍率では説明がつきません。売上総利益で割ると約2.9倍と約2.6倍で、近い水準。

AnyMindが売上総利益を物差しにしたとは、どちらの開示にも書かれていません。国も事業も決算期も違い、どちらも未監査の数字です。言えるのは、営業利益が小さい会社では、売上総利益の倍率で値段を比べられることまで。

買い手が読み取れること

利益の倍率では説明がつかず、物差しは「自社で同じ体制を作る費用と時間」です。のれん2億2,000万円は、日本基準で償却する買い手なら、年額が5年で4,400万円、10年で2,200万円、20年でも1,100万円。どの年数でも、対象の営業利益(約1,000万円)を上回ります(当社試算。配分は買い手ごとに変わります)。AnyMindが取得の理由に挙げたのは、現地のECオペレーションチームと、ブランド主との取引網。チームの採用、倉庫と物流の整備、ブランド主の信頼を得るまでの費用と期間が、払える上限の物差しです。当社(CommerceX M&A)の見解では、同じ型の事業を国ごとに買い重ねる場合、2社目以降の値段は、1社目で作った統合の型を2社目でも使えるかで決まります。確認するのは、DDI社の型を再び使える見込みを、数字で持てているかどうか。

外貨建ての代金は、契約から取得日までの為替で、円の額が動きます。本件は71日間で約1,200万円増えました。外貨で固定した価格を円で払う買い手は、為替の動きを負います。契約書で確かめるのは、価格の通貨、換算の基準日、為替予約の扱い、取得日の価格調整の有無。当社の見解では、外貨建ての価格は、換算の基準日を書かないと円の数字として比べられません。

後払いがなければ、売主を残す仕組みは代金の外にあります。買い手は取得日に、全額を現金で払いました。売主は取得後、AnyMind Groupの役職(Managing Director of E-Commerce Enablement, Malaysia)に就き、Arche Digitalの代表も続けます(2024年6月4日の発表)。MISMと同じく開示は「現経営陣は引き続き経営に関与」の1文で、残る期間、報酬、競業避止(辞めたあとの同業での活動の制限)の記載はありません。当社の見解では、実現が不確実な部分を後払いに寄せると、買い手の固定のリスクが下がります。連動する指標・期間・上限は、基本合意の段階で決める項目。

開示は1期の未監査の数字のみで、取引先の集中は確かめられません。取引先の数も、上位の売上割合も、書かれていません。確かめるのは、上位のブランド主との契約の期間と更新、支配権が変わったときに解除できる条項、差額で計上する売上の内訳、売上総利益率53.0%の中身、在庫を持つ取引の範囲(取得時の棚卸資産は300万円)。

よくある質問

Q. Arche Digitalの買収額は、いくらですか。

A. 公表時の取得価額は、株式が1.5百万米ドル。有価証券報告書の取得の対価は、現金2億3,500万円です。後払いの記載はなく、差は取得日の為替で換算した額と読めます(当社の読み)。

Q. 営業利益約1,000万円の会社に2億3,500万円は、高いですか。

A. 営業利益の約23倍、のれんは約22年分で、利益の倍率では高い水準です。売上総利益で割ると約2.9倍で、MISMの約2.6倍に近くなります。開示は直近1期の未監査の数字のみ。

Q. EC支援会社の買収で、後払い(アーンアウト)は使われましたか。

A. 本件では使われていません。取得の対価は現金のみで、条件付対価の新規の計上もありません。前の取得(2023年のDDI社)では、最大250万米ドルの条件付対価を使用。

Q. 外貨建ての買収で、契約で何を決めますか。

A. 価格の通貨、円に換算する基準日、為替予約の扱い、取得日の価格調整です。本件は71日で、円額が約1,200万円増えました。契約書の定めは、開示に記載なし。

ご相談ください

海外の運営会社の買収は、利益の倍率より、同じ体制を自社で作る費用と、外貨の代金の決め方で、値段の中身が決まります。

CX BASEは、EC・小売・D2C領域の譲渡案件を扱っています。買収のご相談をいただいた企業には、条件に合う案件を公開前にご案内します。

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出典

  • AnyMind Group株式会社「Arche Digital Sdn. Bhd.の全株式の取得(子会社化)に関するお知らせ」「マレーシアArche Digital社のグループ参画について」(ともに2024年3月21日公表)、「有価証券報告書 第6期」(2025年3月27日提出)、「同 第7期」(2026年3月26日提出)(2026年10月16日確認)
  • 同 プレスリリース(英文・2024年5月29日、同年6月4日)、三菱UFJリサーチ&コンサルティング「過去の為替相場」に載る三菱UFJ銀行の公示相場(2024年3月19日・5月29日)、Arche Digital 公式サイト(2026年10月16日確認)

(金額は株式の代金です。アドバイザリー費用等の概算を含む総額は1.55百万米ドル。対象会社の数字は利益修正前の決算書ベースで、未監査です。倍率・年数・年買法・為替の換算・償却額は当社試算で、純資産は取得原価の配分後の1,500万円を使いました。TTBとTTSは、三菱UFJ銀行の公示相場の買い値と売り値です)

書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

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