VASILYに20億円 ── 代金の90%がのれん。理由は開発技術で、IQONは約2年半後に終わった
| 発表日 | 2017年10月19日(企業結合日 2017年10月31日・連結は11月から) |
| 譲受企業 | 株式会社スタートトゥデイ(現・株式会社ZOZO、東証プライム 3092) |
| 譲渡企業 | 株式会社VASILY(2008年11月設立・東京都品川区) |
| 事業 | ファッションアプリ「IQON」の運営、ソフトウェア等の受託開発 |
| 譲渡価額 | 20億円(議決権100%) |
| スキーム | 株式取得(現金) |
| 出典 | スタートトゥデイ ニュースリリース(2017年10月19日)・有価証券報告書 第20期(2018年6月27日提出) |
(出典:株式会社ZOZO 公式サイトのニュースリリース「スタートトゥデイ、ファッションメディア「IQON」などを手がけるVASILY社を完全子会社化」2017年10月19日・2026年10月16日時点の画面)
(出典:株式会社ZOZO 公式サイトのニュースリリース「ZOZO研究所、ファッションの流行変化を検証する大規模データセットと実装基盤をオープンソースとして公開」2021年9月2日・2026年10月16日時点の画面。データの元はIQON)
譲渡企業の概要
VASILYは、200以上のECサイトの商品を組み合わせてコーディネートを作れるアプリ「IQON」を運営していた会社です。設立は2008年11月で、発表時の本社は東京都品川区。IQONのほかに、ソフトウェアの受託開発も手がけていました(ZOZOのリリース)。IQONは2010年に始まり、VASILYの2017年2月の発表では、毎月200万人以上が利用し、投稿されたコーディネートは250万件超、掲載アイテムは累計1,200万点超でした。
対象企業の過去3期の売上・利益・純資産は、ZOZOの発表にも有価証券報告書にもありません。VASILYは非上場で、ZOZOの適時開示一覧にも、この取得の開示はありません。分かるのは、取得日にZOZOが受け入れた資産と負債だけです。
譲受企業の概要
スタートトゥデイは、ファッション通販サイト「ZOZOTOWN」とコーディネートアプリ「WEAR」を運営する上場企業です。2018年3月期の連結売上高は984億3,200万円、営業利益は326億6,900万円、純資産は408億1,000万円(有価証券報告書)。2018年10月に商号を株式会社ZOZOへ変更しました。
M&Aの目的・背景
取得の狙いは、VASILYが培った開発技術を、スタートトゥデイの事業に応用することです。ZOZOのリリースと有価証券報告書は、同じ理由を書いています。VASILYはIQONなどの運営を通じて、AIを使った機械学習と画像認識で高い技術力を持つこと。その開発技術を自社の事業に応用すれば、さらなる成長を実現できると判断したこと。IQONの成長や収益化は、理由に書かれていません。
同じ理由の取得が、約2か月半後にもう1件あります。2018年1月に取得した福岡のカラクルは、機械学習と大規模データ解析に強い開発チームを持つ会社です。取得の対価は7億5,000万円(未払金を含む現金)、のれんは7億2,000万円で対価の96.0%、償却はVASILYと同じ10年(有価証券報告書)。
M&Aの手法・成約内容
代金は現金20億円で、2017年10月31日に議決権の100%を取得しました。連結に入るのは2017年11月1日からで、アドバイザリー費用等は900万円。発表文に金額はなく、取得の対価は有価証券報告書の企業結合の注記で確認できます。VASILYが持っていた現金は1億8,000万円で、差し引きの支出は18億1,900万円。売り手の株主と、価格の算定方法は開示にありません。
この値段は、どう説明できるか
100%の取得なので、会社全体の評価額はそのまま20億円です。
| 項目 | 金額 |
|---|---|
| 会社全体の評価額(100%) | 20億円 |
| うち受入純資産 | 2億400万円 |
| 差額(のれん) | 17億9,600万円 |
代金の89.8%をのれん(代金と受入純資産の差額)が占め、代金は受入純資産の9.8倍です。受入純資産は、取得日(2017年10月31日)に受け入れた資産2億3,100万円から負債2,700万円を引いた額で、のれんの額はZOZOの開示(1,796百万円)と一致します。純資産のうち現金が1億8,000万円。現金を除いた純資産は2,400万円で、固定資産は1,300万円です(当社試算)。
売上と利益は開示されないため、利益の倍率と年買法(時価純資産+営業利益1〜3年分)は計算できません。ZOZOは、取得が期首に完了していたと仮定した場合の連結損益への影響も、金額的重要性が乏しいとして記載を省いています。代金は、ZOZOの2018年3月期の営業利益の約6%、同期末の純資産の約5%でした。
利益の倍率は出せず、開示から読める根拠は取得の理由だけです。受入純資産の大半は現金で、ZOZOが挙げた理由は、VASILYの開発技術を自社の事業に応用することでした。差額の17億9,600万円が何に対する値段かの内訳は、開示にありません。
実際に計上されたのれんと、その償却
ZOZOの注記では、のれんの発生原因は「今後の事業展開によって期待される将来の超過収益力」、償却は10年間の均等償却です。年の償却額は約1億8,000万円(1,796百万円÷10)で、2018年3月期の営業利益の約0.55%。企業結合日の2017年10月31日から10年後の2027年10月ごろに、償却が終わります(当社試算)。
減損損失の注記に、VASILYののれんを対象にした記載はありません。確認したのは、2018年3月期から2026年3月期までの9期分の有価証券報告書です。
買収の後に起きたこと
| 時期 | 出来事 | 出典 |
|---|---|---|
| 2018年4月1日 | スタートトゥデイ工務店がVASILYとカラクルを吸収合併し、スタートトゥデイテクノロジーズ(2018年10月にZOZOテクノロジーズへ変更)へ商号変更。VASILYは消滅 | 有価証券報告書 第20期・第21期 |
| 2020年4月 | IQONがサービスを終了 | ZOZOのリリース(2021年9月2日) |
| 2021年9月2日 | IQONに投稿されたコーディネート約255万件を、ZOZO研究所が匿名化して公開(Shift15M) | 同上 |
| 2021年10月1日 | ZOZOテクノロジーズの研究開発以外の全部門をZOZO本体へ集約。同社はZOZO NEXTへ商号変更 | 有価証券報告書 第24期 |
買収から約5か月後に、VASILYという会社はなくなりました。ZOZOには、2015年12月からシステム開発の人員を集めた子会社(スタートトゥデイ工務店)があり、VASILYはそこへ吸収されました(2018年2月14日の適時開示)。
同じ買い手のHigh Linkとの比較
ZOZOは2026年4月に、香水サブスクのHigh Linkを49億5,000万円で取得しています(High Linkに49.5億円)。開示された数字で並べます。
| 項目 | VASILY(2017年) | High Link(2026年) |
|---|---|---|
| 代金 | 20億円 | 49億5,000万円 |
| のれん | 17億9,600万円 | 46億3,200万円(暫定) |
| 代金に占めるのれん | 89.8% | 93.6% |
| 償却年数 | 10年 | 7年 |
| 年の償却額 | 約1億8,000万円 | 約6億6,000万円 |
| 買い手の営業利益に対する代金 | 約6%(2018年3月期) | 約7%(2026年3月期) |
| 取得の理由 | 開発技術の応用 | 香水事業への領域拡大と、サブスクリプションなどの販売手法の取り込み |
代金の大きさと、のれんの比率は、9年を隔てても近い水準です。違うのは償却年数で、High Linkの年の償却額はZOZOの営業利益の約0.95%。VASILYの約0.55%の1.7倍です。
買い手が読み取れること
払う上限は、単体の事業の価値までです。当社(CommerceX M&A)は、単体の価値と自社に入れた後の価値を分けて持ち、統合後の伸びは買い手の取り分として価格に含めません。VASILYの受入純資産は、現金を除くと2,400万円で、利益も開示されません。開発チームを買うなら、自社で同じ体制を採用して育てる費用と期間が比べる相手です。開発チームの人数と買収後も残る条件、技術とデータの権利が会社に帰属しているかも、取得の前に確かめます。
金額の前に、買収の理由を1文で言い切れるかを確かめます。ZOZOの開示にあるのは「買収先のここ」、つまり機械学習と画像認識の開発技術まで。「自社のこの力で、こう伸ばせる」は書かれていません。当社は、「買収先のここを、自社のこの力で、こう伸ばせる」を1文に書けるかを、値段を置く前に確かめます。
のれんの根拠を何に置くかが、サービスが終わったあとの扱いを左右します。のれんの発生原因は「将来の超過収益力」で、何に対する超過収益力かは示されていません。IQONは2020年4月に終了しましたが、減損損失の注記にVASILYの記載はありません。のれんの根拠がIQON単体の収益なら、サービスの終了は減損を検討する材料になります。根拠がグループでの開発技術の活用なら、見るのはIQONではなく、その技術を使う事業の収益です。ZOZOがどちらで見ていたか、のれんをどの単位で見ているかは、開示にありません。
技術と人を買う買収は、受け入れる組織を先に決めます。VASILYは、ZOZOが開発人員を集めた子会社へ、約5か月で吸収されました。当社は、買収後に事業を回す受け皿と責任者を、買収の前に決めておきます。技術や人を買う買収ほど、ここで結果が分かれます。
サービスが終わっても、データは残ります。ZOZO研究所は、IQONのコーディネート約255万件を、商品やユーザーを特定できないよう匿名化し、利用規約とプライバシーに配慮したと説明しています。投稿データの利用範囲は規約で決まるため、買収後に別の用途で使えるかを、取得の前に規約から確かめます。
よくある質問
Q. スタートトゥデイは、いくらでVASILYを買ったのですか。
A. 発表文に金額はありません。有価証券報告書の企業結合の注記では、取得の対価は現金20億円、アドバイザリー費用等は900万円、のれんは17億9,600万円です。
Q. のれんが代金の9割というのは、高いのですか。
A. 利益の倍率は、対象の損益が開示されないため出せません。代金は受入純資産の9.8倍で、現金を除く純資産は2,400万円。ZOZOが挙げた理由は開発技術の応用で、比べる相手は、自社で同じ開発チームを作る費用と期間です。
Q. IQONが終了したあと、のれんはどうなりましたか。
A. 2018年3月期から2026年3月期の有価証券報告書の減損損失の注記に、VASILYを対象にした記載はありません。10年の均等償却で、年約1億8,000万円が2027年10月ごろまで費用になります(当社試算)。
Q. 非上場の会社を買った上場企業の開示から、何が分かりますか。
A. 取得の対価、のれんの額と償却年数、受け入れた資産と負債が、有価証券報告書の注記に出ます。対象の売上や利益は、連結への影響が小さいと省かれることがあります。VASILYがその例です。
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技術と人を買う買収は、利益の倍率が使えません。払う上限を単体の価値に置き、買った後の受け皿を先に決めます。
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出典
- 株式会社ZOZO(旧・スタートトゥデイ)ニュースリリース「スタートトゥデイ、ファッションメディア「IQON」などを手がけるVASILY社を完全子会社化」(2017年10月19日公表・2026年10月16日確認)
- 株式会社スタートトゥデイ「有価証券報告書 第20期」(2018年6月27日提出)、株式会社ZOZO「有価証券報告書 第21期〜第28期」(2019年6月〜2026年6月提出)(いずれも2026年10月16日確認)
- 株式会社スタートトゥデイ「連結子会社との会社分割(簡易吸収分割)に関するお知らせ」(2018年2月14日公表)、ZOZO「適時開示情報」一覧(2017年10月〜2018年4月)(いずれも2026年10月16日確認)
- 株式会社ZOZO ニュースリリース「ZOZO研究所、ファッションの流行変化を検証する大規模データセットと実装基盤をオープンソースとして公開」(2021年9月2日公表・2026年10月16日確認)
- 株式会社VASILY「ファッションアプリ『IQON』が、サービスロゴをリニューアルして新機能も追加!」(2017年2月28日公表・ECのミカタ掲載・2026年10月16日確認)
(金額は株式の代金20億円です。アドバイザリー費用等900万円は別で、取得比率100%のため換算していません。のれん・受入資産・負債・現金は有価証券報告書の数字。受入純資産2億400万円は資産と負債の差額、現金を除く純資産・倍率・割合・年償却額・償却終了の時期は当社試算です)