EC・D2C事業は実際いくらで売れたのか ── 一次情報で確認した65件、中央値12.6億円

「他社はいくらで売れたのですか」。売却のご相談で、必ずと言っていいほど出てくる質問です。

当社(CommerceX M&A)はこの質問に答えるため、EC・D2C・EC支援領域で公表されたM&A195件を集め、買い手または対象会社の公式発表・適時開示で1件ずつ確認しました。

結論からお伝えします。金額を一次情報で確認できたのは65件で、その中央値は12.6億円。10億円未満の取引が26件あります。「M&Aは何十億円の世界」というイメージと、実際の分布は一致しません。

調べた範囲

対象は12年分・195件。金額は当事者の一次情報だけで数えています。

  • 対象:EC・D2C・EC支援・越境EC・リユース・通販・小売の195件(2014年〜2026年8月に公表されたもの)
  • 確認方法:買い手または対象会社の公式発表・適時開示にあたり、1件ずつ照合
  • 集計日:2026年8月30日

195件の金額は、4つの状態に分かれる

金額は「分かる/分からない」の2つではなく、4つの状態に分かれます。2つに分けて数えると、実態を見誤ります。

状態件数
当事者の発表・適時開示で金額を確認できた65件
レンジ・上限・外貨建てで、1つの数字にできない5件
当事者が「非公表」と明記している77件
当社が金額を確認できていない48件

「非公表」と確認できたのは77件で、48件は当社がまだ確認できていないだけです。この2つを同じ「金額不明」にまとめると、市場を実際より閉じたものとして描くことになります。

当社の見解では、非公表と未確認を同じ欄にまとめた資料は、事実と違うものになります。第三者のデータベースにある金額は、当事者の開示で確認できるまで「判明」に数えない。第三者の数字をそのまま信用して、誤った金額を集計に入れかけたことがあるためです。

以下の分布の対象は、当事者の発表で裏が取れた65件です。

一次情報で確認できた65件の分布

中央値は12.6億円。もっとも件数が多いのは1〜10億円で、24件あります。

譲渡価額件数
0円1件
1億円未満1件
1〜10億円24件
10〜30億円21件
30〜100億円10件
100億円以上8件

確定額としての最大はキリンホールディングスによるファンケルの取得で1,454.5億円、最小はギフティによるpaintoryの取得で、株式の取得価額は0円です。

10億円未満が26件で、65件の40%を占めます。

なお、この期間で最大の取引はヤフー(現LINEヤフー)によるZOZOのTOBですが、公表額は「発行済株式の50.1%を上限として最大4,007億円」という上限値で、確定した譲渡価額ではありません。上の分布には含めていません。

1〜10億円で売れた24件

この価格帯の買い手は、上場企業が中心です。数億円で会社や事業を引き継いでいます。主なものが次の取引です。

譲渡価額買い手 → 対象
1.02億円エニグモ → MEGURU
1.07億円フィードフォースグループ → ECPower
1.25億円ジェイフロンティア → グリフィス
1.45億円トリドリ → blends(EC支援事業)
1.76億円デジタリフト → meyco
1.90億円コメ兵ホールディングス → Rs-JAPAN
2.00億円ジェリービーンズグループ → MAKE BEAUTURE
2.02億円ピアラ → ジョシュアツリー
3.05億円クラシコム → ステイト・オブ・マインド(foufou)
3.88億円シンシア → タロスシステムズ
6.40億円AnyMind Japan → MISM
8.60億円アクシージア → ユイット・ラボラトリーズ
8.60億円アクシージア → ユイット・ラボラトリーズ(千趣会から)
9.50億円ライスカレー → 松村商店

買い手にとって数億円は、会社の将来を左右する金額ではありません。だからこそ判断が早く、この価格帯の取引は数として多くなります。

0円で売れた会社の話

株式の取得価額が0円の取引も実在します。値段がつかないことと、売れないことは違います。

最小の事例は、ギフティによるpaintory(カスタムアパレルの制作・販売)の完全子会社化です。適時開示によれば、株式の取得価額は0円で、支払われたのはアドバイザリー費用など約600万円のみでした。有価証券報告書の確定額では、アドバイザリー費用等は400万円です。ギフティは取得後に2億300万円の増資を引き受けており、のれんは2億5,800万円が計上されています。

これは「価値がなかった」という話ではありません。有価証券報告書によると、ギフティが受け入れたpaintoryの純資産はマイナス5,500万円でした。のれんの2億5,800万円は、増資の2億300万円に、このマイナス分を足した額です。株式の代金は0円でも、買い手は取得後の増資でお金を入れています。詳細は個別の事例記事にあります。

分野によって、金額の水準が違う

EC支援の中央値が7.3億円でもっとも低く、リユースが16.5億円でもっとも高くなっています。

分野取引数一次情報で確認確認分の中央値
D2C・自社ブランド78件23件12.7億円
EC支援・ECシステム51件21件7.3億円
リユース・二次流通16件8件16.5億円

リユースは店舗網や在庫ごと引き継ぐ取引が多く、規模が大きくなりやすいためです。

EC(22件)と越境EC(14件)は、金額を確認できたのがそれぞれ4件しかないため、中央値は出していません。5件に満たない母数から代表値を出すと、1件の増減で数字が大きく変わります。

この195件は、市場のどのくらいか

公表事例は、市場のごく一部です。中小M&Aの譲渡側は2024年度だけで4,940件。同じ2024年に当社が公表情報から拾えたのは36件でした。

比較の元は、中小企業庁のM&A支援機関登録制度です。登録した支援機関が扱った中小M&A(資本金1億円以下の法人または個人事業主が当事者)の実績を集計して公表しています。2024年度の譲渡側は4,940件。そのうち卸売業・小売業は792件でした。

この2つは集計の定義が違うため、割り算はできません。792件は2024年度の1年分・卸売業と小売業・中小M&Aに限った数で、当社の195件は12年分・EC/D2C中心・規模の制限なしです。片方がもう片方の一部という関係にはありません。それでも、桁が2つ違うことに変わりはありません。

差はどこから来るのか。792件の8割強は、非上場の会社どうしの取引です。当事者に公表の義務はなく、プレスリリースも出ません。公表されるのは、買い手が上場企業で開示義務がある場合か、当事者が広報として発表した場合に限られます。

この記事の65件は市場の一部であり、そのなかでも「上場企業が買った取引」に偏っています。

業種別に見ると、コマースは2番目に多い

業種2024年度の譲渡側構成比
医療、福祉948件19.2%
卸売業、小売業792件16.0%
製造業710件14.4%
建設業550件11.1%
情報通信業303件6.1%
サービス業(他に分類されないもの)300件6.1%

中小M&Aの16.0%が卸売業・小売業です。EC支援・ECシステムの会社は情報通信業に分類されるため、コマース領域の実際の比率はこれより高くなります。

売り手から見れば、この市場では毎年800件近い同業の会社が引き継がれているということです。表に出ないだけで、事例が少ないわけではありません。

(出典:中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度。2026年8月30日確認)

この数字を自社に当てはめるときの注意

事例の中央値は、自社の値段の目安になりません。理由が2つあります。

ひとつは、65件が市場のごく一部でしかないこと。65件の買い手は上場企業に偏っています。非上場の買い手が非上場の会社を買う取引は、この分布には1件も入っていません。

もうひとつは、値段は会社の規模ではなく利益で決まること。同じ年商3億円でも、営業利益3,000万円の会社と赤字の会社では値段が何倍も違います。事例の金額は「そのくらいの取引が実在する」ことを示すだけで、自社の値段を教えてはくれません(→EC事業は「利益の何倍」で売れるのか ── 中央値11.6倍、同じ業種で3.7倍開く理由)。

当社が査定の場で事例の金額を出さないのは、事例の金額が自社の値段を教えてくれないためです。査定でお出しするのも一つの評価額ではなく、現在地のレンジと、ご希望の金額までの距離。物差しを超える価格は、事例からではなく買い手どうしの競争から生まれます。

資金調達の額を、売却額と読み違えない

「◯◯億円を調達」と報じられる金額は会社に入るお金で、株主が受け取る売却額ではありません。

今回の集計でも、資金調達の発表額を売却額として数えていた誤りが見つかり、除外しました。金額が大きいため、そのままでは集計を歪めます。

  • 資金調達 … 会社にお金が入る。既存の株主は株を売っていない
  • 譲渡価額 … 株主が受け取る。会社にお金は入らない

似た金額でも意味が正反対です。買い手の資金力を見るなら調達額、取引の実勢を見るなら譲渡価額。この2つは別の数字です。

発表された金額と、実際に支払われた金額は別物です。基本合意の時点で未確定の額、発表後に契約が解除された取引、上限つきの発表。当社は金額とは別に、その取引が成立したかどうかを確認します。

この記事のまとめ

  • EC・D2C領域の公表M&A195件のうち、金額を一次情報で確認できたのは65件
  • その中央値は12.6億円。10億円未満が26件で40%を占める
  • もっとも多い価格帯は1〜10億円(24件)。上場企業が数億円で事業を引き継いでいる
  • 株式の取得価額が0円の事例も実在する。値段がつかないことと売れないことは違う
  • 「非公表」と確認できたのは77件、当社が未確認なのが48件。この2つは別物
  • 公表事例は市場のごく一部。中小M&Aの16.0%が卸売業・小売業で、毎年800件近くが引き継がれている
  • 事例の金額は「相場」ではない。自社の値段は修正後利益から考える

よくある質問

Q. 自分と同じ規模の会社の売却額を知る方法はありますか。

A. 公表情報からは分かりません。小規模な取引ほど当事者が金額を発表しないためです。実勢を知るには、実際にその規模を扱っているアドバイザーに聞くことになります。当社では、EC・コマース事業の企業価値査定を無料で行っています。

Q. 中央値12.6億円は、EC業界の相場ということですか。

A. 違います。これは「当社が一次情報で金額を確認できた65件」の中央値であり、EC業界全体の相場ではありません。非公表の取引を含めれば、中央値はこれより低くなります。

Q. 報道で見た金額は信じてよいですか。

A. 当事者の発表かどうかを確認してください。今回、当初は報道ベースと整理していた12件を一次情報に当たり直したところ、12件すべてが当事者の適時開示で公表されていました。逆に「最大◯億円」という上限値や、資金調達額を譲渡価額として報じている例もあります。金額は適時開示か当事者の発表で確認するのが確実です。

Q. 非公表の取引でも、条件は分かるのでしょうか。

A. 金額は分からなくても、買い手が何を目的に買ったのか、買った後にブランドを残したのかは、公式発表から読み取れます。売り手にとっては、金額と同じくらい重要な情報です。

ご相談ください

この記事の結論は「事例の金額は相場ではない」でした。自社の値段は、他社の事例ではなく自社の修正後利益から出ます。

CX BASEでは、EC・コマース事業の企業価値査定を無料で行っています。事例の金額ではなく、自社の数字から実勢の評価をお出しします。売る・売らないを決める前の材料としてご利用いただけます。

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(本記事は公表情報にもとづく市場の分析であり、個別の評価額を保証するものではありません。集計は2026年8月30日時点のものです)

(2026年10月16日:MISMの金額を適時開示の株式の代金6.40億円に合わせて訂正し、paintoryに有価証券報告書の確定額の注を足しました。あわせて、paintoryについて開示に裏づけのない「借入や債務を引き継ぐ」「個人保証から解放される」という説明を消し、受け入れた純資産とのれんの開示の数字に置き換えました)

書き手
齋藤 浩喜さいとう ひろき
CommerceX M&A株式会社 代表取締役

2014年より輸入・EC事業で起業。8年間で海外ブランドの日本展開に注力し、累計30以上のブランドの立ち上げ日本展開を行う。

2022年に自ら立ち上げたゴルフブランドPuttOUT事業をCommerceXグループへ事業譲渡。その経験を機に、国内最大手M&A仲介会社に入社。コマース領域のM&A実務に従事した。2026年5月、CommerceX M&A株式会社を設立し代表取締役に就任。同時にCommerceXホールディングス執行役員として、EC・小売領域のM&AとAI活用を推進している。

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