D2Cブランドの買収12件を分解 ── 1.5億円と1,454億円の差は何に払われたのか
「同じD2Cブランドなのに、なぜ一方は営業利益の7年分で、もう一方は債務超過でも2億円がつくのか」。買収を検討する企業から届く質問です。
当社(CommerceX M&A)はEC・D2C領域の公表M&A約200件を公式発表・適時開示で1件ずつ確認し、うちD2C・自社ブランド領域は79件。一次情報で金額を確認できた12件を大きい順に並べます。金額は株式の代金だけで、アドバイザリー費用込みの総額と分けています。
この記事の結論は次の4つです。
- のれんは営業利益の1.3〜10.2年分、中央値5.0年分。年買法(時価純資産+営業利益1〜3年分)の倍以上がこの領域では成立している
- 利益倍率が当てはまらない会社がある。営業利益36.6年分、純資産マイナスの案件では、払う根拠が継続する売上か代替コストに移る
- 買う前に提携を経た案件が複数ある。キリンHDは5年、ジェリービーンズグループは1年
- 高い値がつくことと、買った後に伸ばすことは別。255.5億円を払ったAiロボティクスは連結初の四半期で営業損失5億3,100万円(会社の説明では、主因は卸向け販売への切り替えの投資)
12件の一覧
金額の幅は約970倍。同じ「EC・D2Cブランドの買収」に、1億5,000万円から1,454億円が入ります。
| 譲渡価額 | 買い手 → 対象 |
|---|---|
| 1,454億円 | キリンHD → ファンケル |
| 255.5億円 | Aiロボティクス → BJC |
| 100億円 | I-ne → トゥヴェール |
| 49.5億円 | ZOZO → High Link |
| 16.8億円 → 19.6億円 | yutori → heart relation |
| 15.0億円 | ジェイフロンティア → ウェルヴィーナス |
| 12.7億円 | ジェイフロンティア → ECスタジオ |
| 10.9億円 | SBC Medical Group → Waqoo |
| 8.6億円 | アクシージア → ユイット・ラボラトリーズ |
| 3.0億円 | クラシコム → foufou事業の承継会社 |
| 2.0億円 | ジェリービーンズグループ → MAKE BEAUTURE |
| 1.5億円 | 健康コーポレーション → アンティローザ |
のれんは営業利益の何年分か
純資産と営業利益まで開示された8件では、のれんが営業利益の1.3〜10.2年分に分布し、中央値は5.0年分。金額は株式の代金のみです。
| 対象(買い手) | 株式の取得価額 | 比率 | 純資産 | 営業利益 | のれんの年数 |
|---|---|---|---|---|---|
| ジャパンギャルズ(BRUNO) | 30.00億円 | 100% | 14.18億円 | 1.55億円 | 10.2年 |
| BJC(Aiロボティクス) | 255.50億円 | 100% | 42.05億円 | 30.71億円 | 7.0年 |
| heart relation(yutori) | 16.83億円 | 51% | 11.75億円 | 3.07億円 | 6.9年 |
| アフラ(リベルタ) | 1.80億円 | 100% | 0.68億円 | 0.21億円 | 5.3年 |
| MISM(AnyMind) | 6.40億円 | 100% | 0.94億円 | 1.17億円 | 4.7年 |
| アールケイエンタープライズ(コメ兵HD) | 42.00億円 | 100% | 26.09億円 | 4.81億円 | 3.3年 |
| ジョシュアツリー(ピアラ) | 2.00億円 | 100% | 0.37億円 | 0.57億円 | 2.8年 |
| ピコモンテ・ジャパン(粧美堂) | 4.00億円 | 52% | 5.05億円 | 2.02億円 | 1.3年 |
年数は、発表時に開示された最新期の純資産で計算しています。ジャパンギャルズは、BRUNOが連結に計上したのれん15.1億円で割ると9.7年分です。ピコモンテ・ジャパンは取得日までに純資産が約2.1億円増えていたため、粧美堂が連結に計上したのれんは2,666万円(3年償却)で、営業利益の0.25年分相当でした。表の事例の個別記事:ジャパンギャルズ・BJC・アフラ・MISM・アールケイエンタープライズ・ジョシュアツリー・ピコモンテ・ジャパン
中小企業庁の集計では、卸売業・小売業のEV/EBITDA倍率は四分位で3.8倍・7.7倍・14.9倍。ただしこのEBITDAは利益修正前で、分子も有利子負債を含むEV。買い手が社内で使う倍率とは分母も分子も違います。
当社は、払う金額を対象会社が単体で持つ価値までにしています。統合して伸びる分は買い手の取り分で、価格には含めません。ここを混ぜた時点で、のれんの倍率規律が崩れる。
12件の内訳
帯ごとに払う根拠が違います。100億円超は買い手が対象を知り尽くした案件、10〜50億円は繰り返し買われる仕組み、10億円未満は決算書に載らないもの。
キリンHD → ファンケル(1,454億円)
化粧品・健康食品のファンケルを2024年6月に完全子会社化。キリンは2019年の資本業務提携で約33%を保有し、残りを公開買付けで取得。初回出資の契約に残りの買い取り条件を書けるかが分かれ目です。
Aiロボティクス → BJC(255.5億円)
2026年4月(発表は3月27日)、化粧品・美容商材のBJCの全株式を取得。のれんは約216億3,400万円(暫定・15年償却。第1四半期短信の残高と償却額から当社が逆算)で、営業利益30億7,100万円の7.0年分。連結初の四半期は営業損失5億3,100万円で、会社は主因を卸向け販売への切り替えの投資と説明しています。のれん償却3.6億円とM&A関連費用2.4億円もこの四半期に入っています。費用が先行しても資金繰りが回るかを先に確かめます。詳細は個別の事例記事にあります。
I-ne → トゥヴェール(100億円)
2024年10月、「BOTANIST」のI-neが化粧品D2Cのトゥヴェールを株式100億円で取得。伸ばし方の型を持つ買い手ほど、商品力だけを買って運用を差し替えられます。自社に型があるかを金額より先に確かめます(個別の事例記事)。
ZOZO → High Link(49.5億円)
2026年4月、香りのEC「カラリア」のHigh Linkを取得。総額49億9,000万円のうち株式分は49億5,000万円。見るべきは会員数でなく解約率と獲得単価です。ただし継続の数字は開示されていません。詳細は個別の事例記事にあります。
yutori → heart relation(16.8億円 → 19.6億円)
2024年8月に51%を16億8,300万円、2026年4月に残る49%を19億6,000万円で取得。100%換算で33億円から40億円へ、1年8か月で21%上がりました。1回目ののれん21億2,500万円は営業利益3億700万円の6.9年分。利益が3期で半減しても値が下がらないのは、代わりがないためです。
→ Her lip toに40億円 ── 利益が半減しても、yutoriが2回目に高く買った理由
ジェイフロンティア → ウェルヴィーナス(15.0億円)
2024年2月、サプリ・化粧品D2Cのウェルヴィーナスの株式67.0%を15億40万円で取得。100%換算22億3,900万円から純資産1億7,600万円を引いたのれん20億6,300万円は、営業利益5,640万円の36.6年分。適時開示は「優良定期会員を数多く抱えております」と説明します。純資産の12.7倍を、会員の実数と解約率なしで承認できる買い手はいません。
ジェイフロンティア → ECスタジオ(12.7億円)
同じ買い手が2022年7月にも化粧品・サプリD2CのECスタジオを12億7,484万円で取得。一度買った会社は、次も探しています。
SBC Medical Group → Waqoo(10.9億円)
2025年11月、米国上場のSBC Medical Group Holdingsが化粧品D2CのWaqooを約10億9,250万円で取得。海外の上場企業が同じ卓につく前提で条件を組みます。
アクシージア → ユイット(8.6億円)
2022年3月、化粧品のアクシージアが千趣会からユイット・ラボラトリーズを取得。千趣会の開示によると、ユイットの代表取締役などは千趣会の役員・従業員が兼ねており、千趣会との間に重要な取引関係はありませんでした。兼務していた役割を誰が引き取るかを、価格の前に決めます。詳細は個別の事例記事にあります。
クラシコム → foufou事業の承継会社(3.0億円)
2023年8月、「北欧、暮らしの道具店」のクラシコムが、アパレル「foufou」の事業をステイト・オブ・マインドから吸収分割で承継した会社の株式を、3億円で取得。担い手が離れると価値が消えるため、創業者の残留期間と競業避止を価格と同じ重みで交渉します。詳細は個別の事例記事にあります。
ジェリービーンズグループ → MAKE BEAUTURE(2.0億円)
2025年10月、婦人靴「JELLY BEANS」の会社がMAKE BEAUTUREの全株式を2億円で取得。2024年11月期は売上84百万円、純資産マイナス66百万円の債務超過で、のれんは譲渡価額を上回る2億6,600万円。開示された理由は「SNSやライブコマースに関する高い知見と実行力」を靴事業へ適用することです。両社は買収の1年前に業務提携しています。その力が個人と仕組みのどちらに属するかを、提携期間中に見極めます。
→ 債務超過のMAKE BEAUTUREに2億円 ── ジェリービーンズが1年試してから買った理由
健康コーポレーション → アンティローザ(1.5億円)
2014年5月、現RIZAPグループがアパレルD2Cのアンティローザを1億5,000万円で取得。1億円台の取引も上場企業が行っており、主力を揺らさない規模から入れます。詳細は個別の事例記事にあります。
買い手が読み取れること
いくらまで払えるか
利益倍率は、営業利益が事業の実力を映す会社にだけ使えます。営業利益36.6年分や純資産マイナスの案件では成立しません。代わりの物差しは、継続する売上の何倍か(ウェルヴィーナスは0.79倍、MAKE BEAUTUREは2.4倍)と、自社で同じものを作る場合の代替コストです。投資基準が利益倍率だけだと、伸びているD2Cは土俵に乗りません。
何を検証するか
数字の裏側を割るのは、決算書ではなく顧客データです。定期会員数と月次の解約率、獲得単価と回収期間、初回から2回目への継続率、SKU集中度、広告アカウントとピクセルの名義。名義が代理店や個人にあると、買収と同時に学習データが消えます。
当社は、概要書の数字と経営者が面談で話した内容を必ず照合します。広告の管理画面、モールの管理画面、入出金の明細。自己申告と一次データが合わない箇所が、そのまま価格の論点になります。
買った後に何が起きるか
のれんは減損の対象です。一覧の12件とは別に、ポーラ・オルビスHDが2021年に37.1億円(100%換算)で買ったトリコ(FUJIMI)は、のれん26.5億円が償却と減損で21か月後にゼロになりました(個別の事例記事)。Aiロボティクスの連結初四半期の営業損失5億3,100万円(のれん償却とM&A関連費用を含む)は、7.0年分という水準が「買った瞬間から利益が出る」ことを意味しないと示します。モールの横展開、広告運用の内製化、物流の統合といった型を持たないまま高い倍率を払うと、回収が売り手の計画頼みになります。
当社の見解では、買収の結果は買う前の段階でほとんど決まります。何を満たせば買い、何を割ったら降りるか。この線を先に引いた買い手のほうが、結果として良い会社を取れます。
よくある質問
Q. EC・D2Cブランドは、営業利益の何倍まで払うのが妥当ですか。
A. 開示された8件では中央値が営業利益の5.0年分、幅は1.3〜10.2年分でした。年買法より高い水準です。ただし倍率は結果であって基準ではありません。自社が伸ばせる幅を先に見積もり、その範囲で上限を決めます。
Q. 債務超過や赤字の会社に値段がつくのは、なぜですか。
A. 決算書に載らない資産に払っているためです。MAKE BEAUTUREは純資産マイナス6,600万円で2億円。理由はSNSとライブコマースの運用力で、貸借対照表に出ません。ただし2億円を払う前に1年の業務提携があります。
Q. デューデリジェンスで、D2Cブランドは何を見ればよいですか。
A. 顧客データが中心です。定期会員数と解約率、獲得単価と回収期間、SKU集中度、広告依存度、返品率、顧客リストの同意範囲と商標の名義です。
Q. こうした案件は、どこで見つかるのですか。
A. 公表されるのは、買い手が上場企業で開示義務を負う場合だけです。非公表の取引のほうが多く、そこに届くかが買い手の力です。CX BASEは買いニーズを登録いただいた企業へ、条件に合う案件を公開前にご案内しています。
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出典
- 各社の適時開示・公式リリース:キリンHD 2024年6月14日/I-ne 2024年10月31日/ZOZO 2026年4月30日/SBC Medical 2025年11月/Aiロボティクス 2026年3月27日・1Q短信 2026年8月14日/yutori 2024年8月5日・2026年4月13日/ジェイフロンティア 2024年2月29日・2022年7月15日/アクシージア 2022年3月/クラシコム 2023年8月/ジェリービーンズ 2025年10月10日・23日/健康コーポレーション 2014年5月
- のれん8件の純資産・営業利益:表の各買い手の適時開示。2026年9月1日確認
- EV/EBITDA四分位:中小企業庁「登録支援機関を通じた中小M&Aの集計結果」2024年度。2026年8月30日確認
- 連結に計上されたのれん・取得の経緯(2026年10月16日確認):Aiロボティクス 2027年3月期第1四半期決算短信と質疑応答の要約/粧美堂・クラシコム・ポーラ・オルビスHDの有価証券報告書の企業結合注記
(金額は株式の代金。100%でない取得は100%換算を併記。財務は適時開示の決算書ベース・利益修正前)
(2026年10月16日:BJCの取得日とのれん、foufouの取得の形、ピコモンテ・ジャパンとジャパンギャルズののれんの注記、High Linkの記述、ウェルヴィーナスの取得の対価を有価証券報告書などの記載に合わせて訂正しました。あわせて、ユイット・ラボラトリーズについて開示で裏づけられない「親会社が担った物流・経理・システムが残らない」という記述を、千趣会の開示(役員の兼務・重要な取引関係なし)に合わせて直しました)